【4】★★★

 歳経た偉丈夫の鋭い眼差しは、それなりに威厳があったが。


「離せ」

「離しません」

「離さないと」

「離さないと、なんです?」

「莫迦、行っちまうぞ!」


 え、と私は間の抜けた声を上げた。博士の視線を追えば、ひしゃげた缶詰の山と共にトランクがコンベアで運ばれるところだった。床の一部がユニバーサルな移動面となっており、途中から高さのあるコンベアへとつながっていた。一体いつの間に稼働したのか。

 ふ、ふふと忍び笑いが響く。見上げれば、ずっと上方の配管に虹色の髪の少女が腰掛けていた。〈星休み〉の始まり、避難先を求めて走り回った時に出会った彼女だ。

 もしか彼女の仕業なのか、でも離れ過ぎていないか、それにしても細身とはいえ配管に座るなんて意識低くないか──雑多な考えで一瞬目を離した隙だった。

 視線を下ろすが、トランクが見当たらない。コンベアの速度が上がったのか、予測したよりずっと先にある。焦って走る私を、追い抜く影がある。


「博士!」

「伊達に土星球サタールの地球代表やっていたわけじゃない!」


 博士は、ローリング! との掛け声とともにコンベアに飛び乗り、運ばれていた〈缶詰〉を蹴散らしながらもトランクをがっしりと確保する。


「見たか、どうだ!」

「捻挫は大丈夫なのですか?」


 博士は一瞬きょとんとして、豪快に笑う。忘れていたわ、はははは──声はだんだんと遠くなる。つまりは博士と距離が開きつつあるから。


「博士、降りてください!」


 トランクを抱えたま流されていく博士を追いかける。けれど、いや速くて怖いんだけどと蹲ったまま。

 高速のコンベアを追いかける。一人、二人、マラソンの応援に来たように脇に佇む人を避けて。

 え、と驚いて視線だけやれば、虹色の少女たちがコンベア脇に点々と立っていた。そっくり同じコピー&ペーストの容貌、表情、仕草の。彼女らはコンベアで誤送されようとしている人間を助けようともせず、ニコニコと微笑んで、手を振り、沿道に佇むのみ。

 言いたいことは山ほどあったが、今は博士とトランクだった。博士のお人好し・お調子者は計算外、予測軌道を外れてしまう──

 コンベアの先に黒々とした闇が待ち構えている。石炭袋の黒い穴。


 〝〈缶詰〉は貯留穴ピットに溜められた後、一次選別され、コンベアで運ばれ、中身ごと破砕機にかけられて砕かれる。〟


 博士の説明が頭を過ぎる。


 ──ミンチにさせられない。


 床を蹴ってコンベアに飛び上がる。すかさず、博士が腕を差し出し、私を引っ張り上げ、ナイスローリン! と私に親指を突き立てる。私も親指を突き立て、親指と親指とを突き合わせる土星球サタールと呼ばれる球技特有の挨拶を交わし、はたとする。

 違う、乗車したかったわけではない、ましてやシュートされたいわけでも。

 けれどそれ以上、迫る寄る石炭袋に逆らう術はなかった。




 結論から言えば、我々はミンチにはならず、トランクも砕かれずに済んだ。

 コンベアから送り落とされた先は、砕粉機ではなく、缶詰が積み重なる貯留穴だった。

 四方をコンクリートで固められ、見学してきた穴よりも少し狭いかもしれない。それでも、土星球コートの数倍はあろう。そこかしこに古びた〈宇宙の缶詰〉が積み重なり、地面は見えない。


「ここ、どこですか?」

「多分、第二貯留穴だろう。廃棄すべきかAI判断が保留された〈缶詰〉の集積所だ。惑星缶詰循環工場内にはこの手の貯留穴がいくつもある」


 遙か上方に位置する投入口を見上げる。試しに手近にある〈缶詰〉を積み上げて階段を作り上げようとしたが、賽の河原の石積みのごとし。とても自力で上がれそうにもない


「魔女を待つか。セーフティシステムが働いているから、我々を混ぜ込んだまま破砕機にかけることはない。そのうちモニタの異物反応に気付くだろう」


 気長に待とうと、博士は〈缶詰〉の上であぐらをかく。そうして、私を見て、おやと呟いた。


「君、眼鏡はどうした?」


 私は目元を触り、どこかで振り落としたらしいことに気付く。心配してくる博士に、元々目が悪いわけではなくただの紫外線避けだから気にするほどではないと伝えた。


「なるほど、よく見ると君の眼は色素が薄いな。黒というよりは青い」

「母方の影響かもしれません」


 少なくとも、父の方ではなかった。それを残念に思わないでもない。

 あの、と今度は私から口を開く。


「少女たちを見ましたよね。みんなそっくり」


 髪はオーロラ、肌は真珠、瞳は瑠璃、小柄だけれど長い手足──この世のものとは思えぬ美貌。同時に。


「魔女さんにどことなく似ていますね?」


 彼女の時を五、六十年、巻き戻したなら。


「・・・・・・俺も詳しくは知らない。昔、君と同じことを尋ねたことがあるが、自分にかけられた〝呪い〟だと言っていた」


 呪い。なんとも、意味深な、というか、思わせぶりな言葉だ。


「どちらかと言えば、呪いをかける方が似合いだがな」


 魔女のことより、と博士は胡座の上に肘をつき、


「また話を聞かせてくれ。救助はいつになるかわからない。長めの話でもいいぞ」


 確かに閉鎖空間の中、気を紛らわせるのは大切だ。

 大きめの〈缶詰〉に腰掛け、どんな話が良いですかと尋ねれば、博士はコイバナと恥ずかしげもなく即答する。できればいちゃちゃしているやつが良いとの言葉に、苦笑が漏れる。


「承りました。では、星語りましょう。昔々の、地球の男女の、感傷的センチメンタルで、奇妙ファニーで……多少、いちゃいちゃと下ネタもある話を」


 機械群の唸りが遠く響くのを拍手代わりに、私は星語りを始めた。

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