【5】
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──男ってやつは気付くのが遅過ぎる。
肩を震わせる博士に、私はコートのポケットからハンカチを出そうとしてすでに使用済みであることを思い出した。
いや、いいんだ、博士は清浄機能付きマスクを外して白衣の袖口で鼻をこすり上げた。
「恋のボタンの掛け違いは直らないものだな。男は気付きもしない。だというのに、いつかいつかと夢を見る」
「経験がおありですか」
「……若い頃にな。後にも、先にも一度きりだが」
博士はひとしきり顔を拭い、どこかさっぱりとした顔を向けてきた。山となす廃棄待ちの〈缶詰〉に埋もれてかかっているにもかかわらず。
「面白かったよ。地球外来人──〈卵種〉とやらの設定も。君の〝星語り〟は、独創性がある。実話と創作を交える手腕も見事だった」
缶詰に腰掛けて、博士は笑う。それで、と彼は続けた。
「そろそろ教えてくれ。君が
私は博士を凝視した。彼は苦笑する。
「知っているのだろう。過去、この星が惑星缶詰循環工場となる前、
よほど驚いた顔をしたのだろう。そんな意外そうな表情をするな、俺だってそこまで鈍くないと博士は皺を深める。
「〈宇宙の缶詰〉の〝星語り〟はよく調べてあった。物語という特性上、やや綺麗にまとめ過ぎているきらいはあるが」
老博士と、美しい助手と、
当時、太陽系から人類がもっとも遠く離れた場所につくった建造物であったため、便宜上、その惑星は次のように呼ばれていた。
「──〈銀河の最果て〉。そして、あなたは観測基地設立者のレム博士」
私の言葉に、もさもさとした眉がわずかに下がり、ブラウンの瞳が翳る。だが、続けた言葉に表情が一変した。
「……を騙った青年、タチバナ・エリオ氏ですね」
博士は大きな息を吐いて、目蓋を下ろす。長年、皮膚の下に埋まっていた棘が抜けたように。
「そうだ、俺は君の〝星語り〟中のタチバナ・エリオ。本名は違うが」
──あと俺がやっていたのは
博士の苦言に、私は〝
「レム博士は、
俺──〝エリオ〟が事実を知ったのは半年も経ってからだ。
自分が乗るはずだった銀河特急鉄道に災害が起きたとも知らず、〝シイナ〟──これも本名は違うが──とは行き違っただけで、一年後には再会できると疑いもしなかった。七夕の織姫・彦星みたいでロマンチックだな、その時こそプロポーズしようと悦っていたぐらいだ。あと
だが、ある日、観測ドームにこもりきりだったレム博士を訪ねれば、机に座ったまま亡くなっていた。あとで薬剤を見つけたが、当時は、脳出血か心臓発作だと思い込んでいた。俺が定期的に様子を見に行って、すぐに
通報しようにも、通信機器は全滅。博士の遺体は、
一年後には銀河特急鉄道がやってくる、それまでの辛抱だと自分に言い聞かせていた。
だが、一年は長過ぎた。しばらくは茫然自失していたが、博士の遺言や身内の手がかりがないか観測所内を探っているうちに・・・・・・気付いちまった。博士の殺意と計画と恋情に」
──実に間の抜けたタイミングだ。
自嘲する老人に、引っ掻き回した部屋の真ん中、呆然とする青年の姿がだぶる。たった独り。
「レム博士を恨んでいますか?」
詮無いことだとわかっていたが、尋ねずにいられなかった。かつての青年は、表情の消えた顔で呟いた。
「昔は恨んでいた。今はもう、わからない」
エリオ青年は地球に帰らず〈銀河の最果て〉で過ごす。小惑星群衝突災害により銀河特急鉄道が数年間不通となり、また青年自身、帰る気がになれず〈銀河の最果て〉に引き篭もった。
幸いというべきか、タチバナ・エリオはさきの小惑星群衝突災害に巻き込まれ死亡したとされており、通信が復旧して問い合わせがあった後も、レムになりすまして返信をした。
「俺がシイナを追ってこなければ、彼らは静かに暮らせたという自責の念があった。どんな事情であれ、人に殺したいほど憎まれていたという事実にも打ちのめされた。誰にも会いたくなかったんだ」
それでも徐々に時間薬が効き、純然たる被害者であるシイナに想いを馳せるようになる。何ができたのか、何ができるのか。彼女は天涯孤独の身の上、見舞金を払うべき家族はいない。だったら。
「俺はレム博士が遺した観測ドームで、宇宙災害の兆しがないか、ひねもす天体観測をするようになった。兆候があればすぐさま関係機関に連絡をとり、二度と人が宇宙災害に巻き込まれないよう、できる限りをした。かつてのレム博士をなぞるように」
それから二十年ほど、静かに、孤独に、淡々と暮らしてきた。誰もレム博士との成り代わりに気付かず、気にも掛けず。
「星間放送の映画やドラマで退屈はしなかった。病気や怪我をしたら厄介なので食事や運動にも気を配った。最新・最高級の
概ね、問題はなかった。だが、転機が訪れる。
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