【4】
【4】★
「・・・・・・どういうことだい」
語り終えて数秒も経たないうちに、魔女が質問してくる。
「どういう、とは?」
想像がつかなかったわけではないけれど、私は訊き返した。白々しいと承知しながら。
「この話のオチは? またお得意の聞き手の想像に委ねるというやつかい」
魔女の視線は鋭いというほどのものではない。青いが乳白がかったまなこは、落ちくぼんでいるせいか、茫洋と見える。
「旅の途中で聞いた物語なので」
いいわけじみているのは承知の上。だから会話の舵を取る。
「──では、どんな結末が良いと思われますか」
教師が漠然とした問い掛けを投げた教室のようにしばしの静寂がテーブルに降りた。
そりゃあ、と声をあげたのは博士だった。
「銃も、刃も、薔薇も、全部放り出して抱き締める、これに尽きるだろう」
「直球ですね」
「単細胞だね」
「何十年もの間、好き合っているのに離れ離れだったのだろう。だったらそれ以上、一分一秒でも無駄にすべきじゃない!」
兄妹が〈星休み〉にピクニックに行く小話で自ら言っていたが、本当に博士は〝引き裂かれる男女〟に弱いようだ。
「好き合っているのと同様、憎しみ合っているのにかい」
男も、女も、互いに。
博士はぐぅっと喉を詰まらせたような音を出すが、それでもだ! と勢い込む。
「なんのわだかまりもなく、抱き合うなんてできるわけがないね」
「わだかまりがあろうとなかろうとだ。いつでも会えると思っていたのが、永遠に不可能になることがあるんだぞ!」
大声に、紅茶碗にさざなみが立つ。
魔女は寸感、きょとんとしたふうに博士を見上げていたが、そうだね、と呟いた。
「そうできりゃあ、それにこしたことはない」
わずかに悄然としたふうにも感じられる魔女に尋ねる。
「そうできないと魔女さんはお考えなのですね」
ちらりと彼女は青い目玉だけを動かしてこちらを見やり、タイミングの問題さね、と言った。
「何十年と会いに来なかったのに、やってきた。なら、気まぐれではなく、理由があったんだろう」
「たくらみがあったということですか」
「たくらみもあろうが、それ以上引き延ばせなかったのかもしれない」
──だから、愛も、憎しみも、押し込めて再会した。
「どうして引き延ばせなかったのでしょう」
「さあね。作り話か、実話かしらんが、他人事だ。わかるはずがない」
なおも訊くが、会話の梯子を外されてしまう。
魔女は素知らぬふうで空になった紅茶椀を片付け始める。私は立ち上がり、彼女から食器の載った盆を引き継いだ。キッチンへ行き、他の食器と一緒に食洗機に入れてスイッチを押す、と。
「……一番シンプルに考えるのなら誰しも平等に迎える日が近付いていたからだろうね」
ダイニングから声が響く。
誕生日か、博士のしてやったりなふうの回答を、魔女は馬鹿だねと一蹴した。
私は、砂漠に不時着した飛行士が出会った王子さまの、あまりに有名な物語を思い出す。地球に落ちて一年目、彼は残してきた一輪のバラのために、自分の星へと帰った。つまりは。
「命日さ」
男は己の死期を悟り、もう先延ばしにはできなかった。つまり、余裕があったなら、
旧式なのだろう、食洗機はざあざあと喧しく、豪雨を思わせた。その作り物の雨音にまぎれて、想像さね、という呟きが聴こえる。会話はそこで途切れた。
食器を棚に仕舞い、ダイニングテーブルに戻ると誰もいなかった。
リビングに行くと、首にタオルをかけ、水玉模様のパジャマに着替えた博士がソファでパックジュースを飲んでいた。
魔女の姿はなく、博士に尋ねれば自室に引っ込んだとのこと。もう少し見解を聞きたかったのだが。
「君もシャワーを浴びるか? 寝間着は貸してやろう。
もう中身がないのか、博士はパックジュースにベコベコとストローで空気を入れては吸う。あまり行儀が良いとはいえないが、その子どもっぽい仕草はどこか憎めない。
苦笑しながら、いえ結構です、と辞去しようとして──ふと思い付く。
「博士、お借りしたいのですが」
「おお、実は肉球柄もある」
「いえ、パジャマではなく」
なんだと少し残念そうな博士に私は告げた。
「防流星雨合羽をお借りできないでしょうか。
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