勇者な彼女は忘れたい/お題:忘れたい勇者/百合

 運命とは、時に栄光をもたらす。運命とは、時に残酷をもたらす。

 運命とは、時に平凡な村で生まれ育った少女に唐突に使命を与える。


 そんなことをぼんやりと脳内で繰り返しながら、美しく透き通る泉で顔を洗う。

 上等な魔法がかけられているのだろう。一切の汚れのないその水は一滴口に潜り込むだけで私に甘美な癒しをもたらしてくれた。

 完璧に磨き上げられた鏡のように私を映す水面を、ただただ無言で覗き込んでいれば、徐にリーシャがとなりに座り込んできた。


「……勇者様ってばどうしたの?」

「その呼び方するのやめてよリーシャ。……まあ、ちょっと、この旅が始まった時のことを思い出していただけ」


 お前は伝説の勇者の力を持っている。王国の使者だかなんだかにそう名指しで言われた時は、確か、そう、新手の詐欺だと思ったっけ。

 それでも現実はなかなかに刺激的で、運命は私を愛していて、伝説の剣はひっこぬけたし、見る見る内に戦う力が身についていくし、だんだんと、モンスターを倒すことへの抵抗は無くなっていくし。

 何をどうしたって私は紛うことなき勇者なのだと、その現実を実感せざるを得なかった。


「私の場合はどうだったかなあ。…えーっと、伝説の魔法使いだー、って言われてー…強引に君に引き合わせられたんだよね、たしか」

「使命のためには仲間が必要だから、だっけ」


 使命。使命か。

 人間を脅かすモンスターを倒し、悪虐非道の限りを尽くす憎き魔王を打ち砕く。

 何度も何度も繰り返し言い聞かされた使命。それが私の使命。


「でも、まあ、疲れるよね。ちょっと前までただの村娘だった私たちが頑張るにはちょっと重い使命だし」

「……それ、他の人の前で言っちゃダメだからね?私たちは期待、されてるんだから」


 自分で言ってて寒々しさすら感じ、誤魔化すように泉の水を再び顔に浴びせる。

 ……期待されている。事実だ。使命がある。事実だ。これは運命。事実だ。

 私は魔王を倒さなければならない。事実だ。私は人類の悲願を果たさなければならない。事実だ。


「でも、大変なのは事実じゃん。……君だって、真面目な勇者様のフリしてるけど、たまには使命から逃げ出したいって思わないの?」

「……思わないよ。使命がある限り、ううん、魔王が居る限り。運命には従わなきゃ」


 我ながらなかなか滑らかに嘘が口から流れ出て、ああ、慣れてしまったなと。そう静かに目を伏せる。

 もし、この過酷な使命を綺麗さっぱり忘れることができたなら。ただひたすら穏やかな生活のためだけに、自分の時間を賭すことができたなら。

 ……君と二人きりで、私たちのためだけに生きることができたなら、どれだけ幸福なのだろうか。

 そう空想することを、今だけは許されてほしかった。

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