ちょっと人より視えるだけ/お題:小さな視力/百合
「きみ、視えるでしょ?」
───その少女は、私を見据えるなり突拍子もなくそう問いかけてきた。
ざあ、と風が木々を揺らし、そのまま彼女の長く艶やかな黒髪を揺らし、私の制服のスカートを揺らす。
その間、私はただ呆気に取られ、あるいは顔を青ざめて、餌を待つ鯉のように口をパクパクとさせるしか出来なかった。
「なんのことか、わかりません」
震え切った声でそう告げ、どうにか踵を返そうと足を動かせば、ぎゅ、と腕を掴まれる。
あ、よかった、実体あるんだ。
そう安堵している時点で、きっと逃れようもないのだけれど。それでも気付かれたらやばいタイプの霊に気付かれたわけではなさそうだ。
「さっき、視えてたもんね」
私の安堵を無碍にするように、あるいは私の選択肢を無視するように少女は続ける。
確かに、視えた。私にとっては特段珍しくもないような、それが。交差点脇の白いパネルのそばに立つ少女のシルエットが。
この人も視えるのだろうか。視えたとして、どうして私に声をかけてきたのだろうか。
そう疑問と畏怖に苛まれつつ、眼前の彼女と目を合わせれば、にこ、と奇妙なほど穏やかに、それでいて愛らしく微笑まれて。
ただ苦笑いを返すか、目線を逸らすか、このまま逃亡するか、どうするべきかの選択肢すらまともに取らせてはくれなさそうだった。
「だったら、なんですか」
「私のお仕事手伝ってもらいたいなって」
端正な顔立ちから放たれる不穏な響きに思わず後ずさる。
嫌だ。絶対に嫌だ。
心の声は止まることを知らず、自分が発声したことを認識する頃には既に口からポロポロこぼれ落ちていた。
「うん、だろうね」
「……だったら見逃してくれますよね」
私が彼女の返答を予想する前に、ゆっくりと首を横に振られる。ひどい。ひどい女だよ。こいつ。
「私ね、心霊探偵やってるんだ。だから、助手が欲しいなーって」
勝手に繋がれていく話を大人しく聞いている私も私だが、どう考えたってどう譲歩したってそれ以上にこの人はおかしい。
初対面の相手に、たまたま道ですれ違っただけの女に、まあ付け加えるなら、たまたま視る力がある女に、どうしてそんな話を持ちかけられるんだ。
怪訝な表情でもしてしまっていたのか、彼女は「そんな顔しないでよ」ところころ笑いながらごそごそと自らの鞄を漁り始めた。
「はい、名刺」
「……私、嫌ですよ。それに、あなたが期待してるほど、視えないと思いますし。たまーに、ちょーっとだけ視えるくらいで、霊媒ができるとかでも、」
「ちょっと視えるだけで充分充分」
私の声を遮るようにして、彼女は再びころころ笑いながら、無理矢理名刺を私の鞄に突っ込もうとしてくる。
阻止しようとした私の腕をもくぐり抜けて押し入れると、そのまま彼女は手をはためかせて去っていった。去ってしまわれた。
「どうしろっていうの……」
困惑に塗れた私の情けない呟きは、ただただ空虚に吸い込まれるだけだった。
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