即興小説トレーニング集

レーディ

空想の世界を飛び出して/お題:ぐふふ、空想/百合

 ムワッとした熱気を帯びた風が、図書館の薄いカーテンをゆらゆらと揺らす。

 半分開かれた窓からは、校庭を駆けるサッカー部の面々の掛け声が飛び込んでくる。

 他に聞こえる音といえば──誰かがページをめくる音と、煩わしい蝉の鳴き声と時折轟く車がコンクリートを鳴らす音くらい、の、はずだった。


「ぐふふふふ……」


 静寂で、清廉なはずの図書室には一切合切似つかわしくない奇妙な声が、十分以上もかけて私の読書を妨げている。

 図書室内で感嘆の声を上げる生徒とて珍しくないし、私だってたまにおお、とか、わあ、とか声をこぼすこともある。だから見逃すつもりでいたのに。………流石に我慢の限界だ。


「あの、笹木さん、でしたっけ?」

「くふ、…ぁ、わたしに声かけてくれたの?」

「……貴方以外に誰が居るって言うんですか」


 十分も奇妙な声を上げていたにしてはやけに捲られていない本を机にどさ、と置いて、彼女──クラスメイトの笹木さん──は私を見つめる。

 

「んー……」


 腕を組んで、再び本に目線を落とす彼女。

 見られてないとでも思っているのか、机の下で足をせわしなく動かしながら何やら考え込むような声を出すと、また、私に目を向けた。


「……あなたが居る?」

「そんなこと質問しないでくださいよ……」


 呆れた。普段からクラスでも本を片手に笑みを浮かべたり、さっきまでみたいに変な声を出したりして、少し、いやかなり……言い方は悪いけれど、浮いている人ではある。会話を試みればもしかしたら印象は変わるかもと、勝手に期待を寄せてしまっていたけれど。


「……イメージ通りの人ね」

「んーふふー?なんか言ったー?」

「いいえ…何も。……それより」


 何故だか幸せそうな笑顔の彼女。追及されるのも面倒だ。


「さっきから本を読んで……何をしていたんです?随分その、楽しそう…でしたけど」

「えっとねー、空想」

「……空想?」

「そう!空想!……あ、今のダジャレじゃないよ?」


 どうでもいい。そう口を開きかけて、閉じる。いや、閉じざるを得なかった、が正しいか。

 ──突然立ち上がった笹木さんが、私に抱きついたからだ。


「あの、離してください!?何ですかさっきから!」

「私の空想はぁ、ステキな人と恋に落ちる空想なの。ねえねえ、図書委員ちゃん」

「な、なんです、か」

「……私の空想、現実にしてくれない?」

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