ブラザー・インサイト
コール・キャット/Call-Cat
ブラザー・インサイト
‐1‐
「あああぁぁああああああ一か月前のわたしを殺したいいいぃぃいいぃいい」
「まーた始まったよ」
「もう何度目よ? いい加減過ぎたことは忘れなって」
「でもぉぉぉ……」
「「はぁ」」
昼休み。いつものようにお弁当を食べようと友人の席に向かうとその友人、愛依は机に突っ伏してシクシクと不貞腐れていた。
『昨日のわたしを殺したいいいぃぃいいぃぃぃい』
『一昨日のわたしを殺したいぃいぃいいぃいぃい』
『先週のわたしを殺したいいいいぃぃぃぃぃいぃ』
『先々週のわたしを殺したいぃぃいぃぃいぃぃぃ』
とまぁ、バレンタインの次の日からずっとこの調子。最初のうちこそその様子を面白がってからかっていたあたしとハナだったけど、それがまさか一ヶ月も続くとは思ってなかった。こうなってくると面白いを通り越してうざいまである。
「メイはいいじゃん、相手はお兄ちゃんなんだし。うちなんて玉砕だよ!? 山田、『ごめん、おれ幼馴染のことが好きだから』だよ!? 幼馴染に負けたんだようち!? 普通幼馴染って負けヒロインじゃないの!? なんでうち負けたの!?」
「いや山田の幼馴染ってそれ伊万里さんじゃね? むしろ勝てる要素ないでしょハナ」
「リアルなんてクソゲーだああぁああああああ!」
どっかで聞いた話をしてやるとハナは悲鳴を上げて愛依の隣にうなだれる。二人してシクシクと泣くもんだからより一層うざさが増した。
「ハナはともかく、愛依はほんと気にしすぎじゃね? 手作りのチョコとかあたしだってあげてるわけだし」
「いやでもぉ……なんかよそよそしい気がするぅ」
ずいっとこちらの顔を見上げてくる愛依はそんな被害妄想めいた愚痴を零してくる。
そんないじけた姿ですら愛らしいのだから何を思い悩む必要があるのやら。
あたしはやれやれと肩を竦めながら一応は話に付き合っていく。
「で? 具体的にはどうよそよそしいわけ?」
「どう……ってこう、リビングにいるとそそくさと部屋に戻ったり」
「大学生なんでしょ? 課題でもあるんじゃない?」
「ノックし忘れてるとはいえ部屋に入ると慌てた感じで取り繕うし」
「いや誰だってノックせずに部屋に入られたらそんな感じじゃない?」
「わたしがお菓子食べてたら一口くれって言ってくるし」
「たまたま食べたかっただけじゃない? あたしとかしょっちゅうあるし」
「うーん? なんかそう言われると考えすぎな気がしてきたような……?」
「でしょ? ただの考えすぎなんだって。第一、渡す時だって誤魔化したんでしょ? なんだっけ、『本命に渡せなかったから代わりに食べていいよ』だっけ?」
「そんな感じそんな感じ」
「だったらますます気にすることなくない?」
「だ、だって」
「だって?」
「お兄ちゃん、妙に勘が鋭い時あるから……」
「はぁ~~」
むすっと頬を膨らませる愛依にあたしはつくづく呆れた様子でため息を吐いた。ということはなんだ、この子はその「妙に勘が鋭い時がある」兄に「本命に渡せなかったから代わりに食べていい」って渡した本音の部分に気付かれているんじゃないかってずっと呻いていたわけなんだろうか。そんなの考えたとこでどうにもならないだろうに、よくもまぁ一ヶ月も……暇な友人である。
「気付かれてるなら気付かれてるでいいんじゃない? ダメなの?」
「ダメではないんだけど……誤解されてたらどうしようって……」
「誤解?」
誤解。意味を取り違えること。間違った解し方をすること。
一体、この子は、実の兄が、なにを、どう、誤解していると……?
まさか、と脳裏に過った予感を自分の中で否定しながら、あたしは真剣に困っているらしい友人に言葉を続けた。
「誤解って、どんな?」
「えーっと、そのさぁ……わたしがお兄ちゃんのことが好きとか……そういうさ……あるじゃん? ラブコメ的な」
「あるわけないでしょ。マンガの見過ぎ」
「でも事実は小説より奇なりって言うじゃん!?」
「限度ってもんがあるでしょ」
「でも」
「でもじゃない」
なおも食い下がる愛依の方が重症すぎる。友人の残念さにあたしが目の前の友人よりその兄の方に同情していると不意に横から声が。
「じゃあさ、調査すればいいんだよー」
「……ハナ? 調査って、なにを?」
それはさっきから机に突っ伏して泣いていたハナからだった。ハナは愛依の質問に「そりゃ一択っしょ」と人指し指を立てたりなんかしてみせて。
「メイのお兄ちゃんを尾行するんだよー」
かくして、それは急遽決行されるに至った。
‐2‐
そして時は週末の十二日。合図は愛依からの着信だった。
『尾行中。今ショッピングモール』
たったそれだけの、簡素極まりない内容だがどこかは充分理解出来た。というか車とかを持ってない限り学生が気軽に足を運べるショッピングモールと言ったら一つしかない。
あたしは「わかった。今から行く」とだけ返信するとそそくさと家を出る。
正直、愛依のお兄さんを尾行しようなんて毛ほども思わないのだけど、当の愛依と言い出しっぺのハナがその気になっている以上、下手に暴走されることを考えるとまだ監視下に置いておいた方が安心できるというものだ。
というわけで。
地味なシャツに紺のジーンズに身を包み。
胸元のポケットにサングラスのつるを引っ掛け。
親父の部屋から拝借した野球帽を目深に被って。
誰よりも「探偵っぽさ」を演出しているのは尾行を楽しみにしていたとかそんなことは決してない。ない。
‐3‐
『今どこ?』
『今東側の小物店にいるよ』
『今フードコートのクレープ屋さんの近くにいるよ』
『今本屋さんにいるよ』
『今ホビーショップにいるよ』
『今──』
──とまぁ、ショッピングモールに到着してからは愛依からのメリーさんめいた連絡を頼りになんとか合流を果たした。
果たした、のだが……
「なんなの、その恰好」
合流して早々、あたしはそんなことを口にしていた。
「え? おかしい、かな?」
その相手、愛依は小首を傾げながら自分の姿を改めた。
室内にも関わらずサングラスで目元を隠し、口元を覆う真っ黒なマスク、さらには冬の気配がなりを潜め始めた今の時期にはむしろ暑すぎるんじゃないかと思わずにはいられない真っ黒なコート──なんというか、完全に変質者のそれである。
「逆になんでおかしくないと思うのか」
「で、でもさぁ、相手はお兄ちゃんだし、バレないようにしなきゃなわけじゃん? そしたらこれしかないっていうか」
「おかげで無関係な人がめっちゃ見てくるけどね」
そう言っている間にも道行く人々からは奇異の視線を向けられていた。そりゃこうも見事な不審者ルックをした人物と女子高生が並んでたら不可解に思って当たり前である。
しかし問題は愛依だけじゃない。
「で? 逆にハナはなんなのそれ」
「ふぇ? ふふぃ?」
口一杯に頬張っていたあんぱんをもごもごさせながら振り返ったもう一人の友人、ハナに視線を投げかける。こっちはなんというか、普通に私服だった。手にあんぱんと牛乳パックの入ったコンビニ袋をぶら下げている点を除けば、週末に友達と遊びにきた女子高生の姿と言って遜色なさげ。
そしてハナは牛乳であんぱんを流し込むと「ぷはぁ!」と大きな息を吐いた。吐いて、「待ってました!」と言わんばかえりのどや顔で言う。
「これはねー、ターゲットに気付かれないための擬態なんだよ! 言うならあれだよ、あれ、えっと、草を生やすなら森がどうの!」
「木を隠すなら森の中ね」
「そうそれ!」
「今何一つ当たってなくね!?」
ハナの残念っぷりに服装が残念な愛依が思わずツッコミを入れる。不審者ルックな愛依の突然のツッコミに周りの視線が一斉に集まる。
そしてそれに気付いて愛依がこちらの背中に隠れるようにして抱き着いてくるから危うく倒れそうになった。
「ちょっ、危ないでしょ」
「ごめん! でも今は不味いの!」
「はぁ? 何が不味いの?」
「お兄ちゃん! 反対側の通路にいるの!」
「え、マジで? どれどれ?」
「ストーンマーケットのとこにいる、ミントっぽい感じのギンガムチェックの人。いない?」
「ん? あー、あれかな? っぽいのがいるね」
自分が見つけた人物で合ってるか分からないけど、確かにストーンマーケットの前にミントっぽい色をしたギンガムチェックを着た男性がいた。見た目的には二十代になったばかりな雰囲気があるし、大学生だという愛依のお兄さんで間違いなさそうだ。
その愛依のお兄さんは他のお客さんのように少しだけこちらに視線を向けるとすぐに興味を失ったのか、ストーンマーケットの前から去っていった。
「もう行ったよ」
「あ、危なかった……」
「いやぁ、焦ったねメイちゃん」
あはは、と笑いながら背中をバシバシと叩いくるハナに「ちょっ、痛いから」と身を捩りつつ愛依がこちらへと向き直る。
「とにかく、今から尾行を再開するから、バレないように気を付けてね二人とも」
「「
かくして、あたし達の尾行作戦が幕を開けた。
‐4‐
愛依を先頭に愛依のお兄さんの後を追うと、彼は某ポケットなモンスター専門店へと踏み込んでいった。ショップ、というよりはセンターとかそんな感じの専門店内はこじんまりとしていて悪目立ちしすぎるあたし達まで中に踏み入ると気付かれかねない。
ということで、専門店とは吹き抜けの通路を挟んだ反対側にある寝具グッズ売り場の前に陣取り監視することになった。
「ああ~~~~ダメになるぅぅう」
若干一名、人をダメにするクッションでダメになってるやつがいるけど、それには構うことなくあたしと愛依は目を凝らして中の様子を伺い続けた。
「あたしさ、あんま詳しくないんだけどああいうお店って何があるわけ?」
「ぬいぐるみとか小物入れとか文房具とか色々。フィギュアとかもあったかな。でもお兄ちゃん、わたしがゲームしてるのは知ってるだろうけど、どの子が好きなのかは知らないと思うんだよね」
「あー、だから物凄い右往左往してるんだ、あれ」
「だねー。うわ、あれもしかしたらあの子の応援タオルじゃね!? え、うそ、売ってんの!? うわすご、なにあのクオリティまんま原作じゃん! やっば!」
「えっ、なにあのタオル。なんか女の子のイラスト書いてあるけど」
「それがいいんじゃん! あぁ!? しかも腹ペコのぬいぐるみもいるじゃん!? ちょっ、お兄ちゃんそれ! それ!」
「ちょっとうっさいんだけど。バレずに見張りたいんじゃなかったの?」
「ぐぅ……! そうだった」
興奮のあまりまた大声を上げだす愛依をたしなめながらあたしは彼女がそこまで欲しがっている品を一瞥するが……そっとそれから離れていくお兄さん同様、お返しに買おうとは思えなかった。
そして次にお兄さんが足を運んだのは専門店から三つほど離れた場所にあったおしゃれ用のメガネとかサングラスとかを取り扱っているお店だった。
「……」
「……なに?」
「最近、伊達メガネとかなんか欲しがったりしなかった?」
「え? うーん……別に覚えはないけど……いや待って? 最近じゃないけど、年末に推しをモチーフにしたメガネがコラボで出るって聞いて叫んだことはあったけど……もしかして?」
「それじゃない? でもそういうのってあーいう店で取り扱ってるもんなの?」
「いや、そもそもあれは完全受注生産品だったはずだから、ネット注文しか取り扱ってないはずだけど」
「探してるっぽくね?」
「探してるっぽいねぇ」
「探してる……よね?」
展示されたメガネを一個ずつまじまじと見つめながらあーでもない、こーでもないと悩んでいるような姿は誰がどう見ても何か探しているものがある人間のそれだった。
そしてそんなお兄さんに気付いたのか、お店の奥から出てきた店員さんが声を掛けに行くのが見える。そこでお兄さんは店員さんと何事かやり取りをするとぺこぺこと頭を下げながらそそくさとお店を出て行ってしまった。
「無いのが分かったっぽいね」
「ねー」
「お兄ちゃん……」
愛依は愛依で兄のそんな姿になんと言うべきか考えあぐねているようでその背中を遠巻きに眺めることしか出来てなかった。
──で、そんなお兄さんの後を追っていくと、お兄さんは逡巡するようにその店の前で立ち止まると、意を決したように踏み出した。
ランジェリー専門店へと。
「ってなにしとんじゃぁぁぁああああああああああああああ!?」
「うわ!?」
「にょわ!?」
直後あたし達と一緒にその様子を見守っていた愛依が叫んだ。怒気を孕んだその声に隣にいたあたしとハナは勿論のこと、すぐ傍を歩いていたカップルがびくついた。
「あ、あ、あ、あんな、あんなとこでなに見繕うつもりなの!? 実の妹に下着お返しするつもり!? バッカじゃないの!?」
「落ち着きなって愛依。よーく見て、あんたのお兄さんは下着に用はないって」
「はぁ?」
今にも駆け出さん勢いの愛依を必死に落ち着かせながらあたしはお兄さんが足早に向かった店の奥──よーく目を凝らしてみれば二軒のランジェリーショップに融合していて通路だと気付きにくいその先にエレベーターがある──を指さす。お兄さんはランジェリーショップを振り返ることなく、じっとエレベーターの扉を見つめてエレベーターがくるのを待ち続けると、扉が開くなり勢いよく飛び込んで下の階へと降りて行った。
「──あっ。あぁー、なるほどー」
それを見て愛依も落ち着きを取り戻したのか、ごほんごほんと咳払いをしながら先ほどの荒れ模様をごまかそうとする。
「でもさー、別にお店の中を進んでエレベーターに行くより来た道を戻れば済むんじゃない?」
「っ! た、たしかに! ってことは多少は興味があったとか!? で、でもさすがに下着を貰っても反応に困るというか……」
「……」
「いやまぁ兄妹だし? 気にしすぎかもしれないけど、それでもやっぱ踏み込んでいいとことそうじゃないとこがあるっていうか? いやわたしは気にしないけど? でもお店でそれを買うってなるとハードル高いんじゃないっていうかつまりその」
「…………」
「ってカナエ? どしたの、急に黙りこくって」
「んっ。あぁ、いや、別に。で、なに? 実の兄から下着って普通なのかって?」
「違うっ!」
「あっそ。……で、どうする? お兄さん、下に降りてったけどまだ尾行続ける?」
「んー……いや、なんかこのまま続けても無駄かなー。時間もだいぶ経ったし、なんか軽く食べて遊んでかない?」
「さんせー、うちもうお腹ぺこぺこー」
「えー、さっきハナあんぱん食べてたじゃん」
「その分動いたもんー」
「まったく。カナエはどうする? なんか食べたいのとかある?」
「……そうだねぇ。ドーナツかな。フードコートにあったっしょ。期間限定のやつ、気になるんだよねー」
「じゃあ決定ね。ほら、ハナも行くよー」
「いぇーい! ドーナツ♪ ドーナツ♪」
鼻歌交じりに先を行くハナ、それに笑いながらついていく愛依を置いてあたしはお兄さんが通った通路をじっと見つめていた。もしかしたら、お兄さんは……
「カナエ? 置いてくよー?」
「いや置いてくなし。待ってってば」
愛依の声にハッと我に返りながらあたしもその場から離れていく。別に、今抱いた憶測が正しかろうが間違っていようがあたしには関係ないし。
‐5‐
──関係ない、のだけど。
「愛依のお兄さん、ですよね?」
「へ? えっと、君は?」
翌日の日曜日、ショッピングモールの一角で。
あたしは未だに愛依へのお返しを探しているらしいお兄さんを見つけた。
「愛依のクラスメートのカナエです。初対面なんであたしのこと知らなくても気にしなくてけっこうですよ」
「愛依の……じゃあ、昨日の三人組ってもしかして?」
「あっ。やっぱり気付いてました?」
「えっと……まぁ」
気まずそうに視線を逸らすお兄さんの姿はやっぱり兄妹なのか、愛依とよく似てる。そして案の定、昨日の尾行はバレていたようだ。
「引っ掛かってたんですよね。お兄さん、ランジェリーショップの奥でエレベーターに乗りましたよね。普通に来た道を戻ればいいのにってハナ──もう一人の友達が言ってて思ったんです。そうしちゃうとあたし達と鉢合わせちゃうから、あたし達が尾行してることに気付いてることに気付かれないようにしたんじゃないかなって」
「うわ、そこまで考えてたの? ってことは、もしかしてメイにも?」
「そこは安心していいですよ。それに気付いたのあたしだけなんで。ちなみにどこから気付いてたんですか?」
昨日の行動を振り返ってみればだいぶボロが目立つ尾行だったし、お兄さんがどこから気付いていたのかは気になるところであった。なので話ついでに聞いてみるとお兄さんは「えーっと、だな」と目を泳がせながら
「ストーンマーケットのとこ、かな。なんかメイっぽい大声がしたから振り返ってみたらすっげー怪しい恰好したやつが女子に飛びついてたから」
「うわー、それほんと最初の方じゃん」
あの時点で尾行に失敗していたとかとんだお笑い種じゃん。そしてやっぱ愛依のあの格好は返って駄目だったんだな。分かっちゃいたけど。
「んで、明らかにおれの後をついてきてるからどうもプレッシャーで。……ホワイトデーのお返しを見張ってたんだよな?」
「えぇ、まぁ、そんなとこですね」
最初っから気付いていたのなら本当にプレッシャーがヤバかっただろうことは想像に容易い。あたしは同情交じりにお兄さんの目を見返しながら「じゃあますますここにきて正解でした」と続ける。
「愛依のせいで昨日は無駄にさせちゃったっぽいし、お詫びじゃないですけど愛依が欲しがってたやつ教えてあげますね」
「本当か!? いやマジ助かる──っと、いっけね。ついタメ口みたくなっちゃったな」
「別にタメでもいいですよ。そしたらあたしももうちょい砕けた感じでいけるんで」
「そうか? それならお言葉に甘えて……お願いしてもいいかな?」
「っす。んじゃ、とりまついてきてもらっていいっすか?」
「あぁ」
あたしの言葉に快く返しながらお兄さんが横に並んでついてくる。行き先は例のポケットなモンスターの専門店。
「ここは……」
「愛依、ここにあるぬいぐるみとタオル見てめっちゃテンション上がってたんで、間違いないと思う。えっとたしか……あったあった、これだ」
「こ、これ? これでいいのか……」
「って思いますよねー」
あたしが指さしたぬいぐるみとタオルを見て(特に女の子が描かれたタオル)お兄さんがどこか躊躇するような反応をしてきたからそれにあたしも同意を示す。
「あたしだったらもうちょい可愛げのあるやつを……例えばあれみたいなのにするんですけどね」
そう言いながらぬいぐるみコーナーの一角、なんだかホイップクリームみたいな姿をしたやつに目線を移した。あたしの視線を追って愛依が欲しがってたタオルとぬいぐるみをカゴに収めていたお兄さんが「へぇ、こんなのもいるのか」と感心した様子でそのぬいぐるみを見上げた。そしておもむろにその一つに手を伸ばす。
「えっとカナエさん、だったよね? これでいいかな?」
「……え?」
思いもよらぬ発言にあたしは素で聞き返してしまった。いやいや、一体全体なにが「これでいいかな?」なんだろうか。
「いや、なんだかんだ助けてもらったし、妹にここまで良い友達が居たのがなんか嬉しくて。お礼と……昨日愛依が巻き込んだお詫びとして受け取ってくれる?」
「あー、そういうことなら、まぁ……」
当の愛依からは既にドーナツでお礼はしてもらったけど、それとはまた違うんだろう。そんな変なとこでも兄妹っぽさを垣間見せてくるお兄さんに頷きながらあたしはカゴの中のぬいぐるみに視線を移す。
「帰ったら部屋片付けなきゃな」
「ん? 何か言った?」
「あー、いやいや、こっちの話なんで」
「そう? それじゃ──はい、ありがとうね、カナエさん」
丁寧にも贈り物用にラッピングまで施された袋を受け取って、あたしはお店の前でお兄さんと別れた。
別れ際にも「どうせだしついでになにか食べてく?」と聞かれたがそれまで一緒になるとそこでも奢ってもらうことになりそうだったから遠慮しておいた。
さすがにここまで他人想いな、愛依に似たお兄さんの好意に甘えてしまうといざ愛依にバレた時が怖いし。
「んっ。愛依から着信だ」
噂をすればなんとやら。その友人から着信あり。ホラー要素はなし。
『今お兄ちゃんのパソコンから検索履歴調べようとしてんだけど、パスワードってなんだと思う?』
いや訂正、わりとホラーだったわ。なにこの友達こわっ。
「良いお兄さんなんだから信じてあげなよ、っと」
慣れた手つきで友人に送り返しながらあたしは帰路についていく。
こりゃ、明日も一波乱あるかもしれないな、と予感めいたものが脳裏に過るけど、まぁ、一日ぐらいは付き合ってやるかな。
こうして、あたしのいつもとはちょっとだけ違うホワイトデーは終わりへと近付いていくのだった。
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