処刑人フロンティア
@yayuS
第1話
「テンタ。お前にはこの男を殺して貰う」
薄暗い牢獄でクルス・テンタは父親に告げられた。
――人を殺せと。
自らの父親にだ。
普通の過程であれば、それは異常であるのだろうが――クルス家では違う。言って当然の言葉だった。
煉瓦で作られた壁に鉄格子を蠟燭の火が照らす。地下に作られた牢獄を照らすには、小さすぎる灯りだった。
無数に並ぶ牢獄の前でテンタは父親の言葉に下唇を噛んで俯く。
クルス家は代々処刑人の一族。殺すことが仕事であり、そうやって生きてきた。
だが、それでも10才という幼さで処刑人になった者は歴代にいない。それだけ、現代では犯罪者が増えているということなのだが。
テンタは、俯いたまま、何か言いたそうに指と指を絡ませるが、自分から何かを伝えることは無い。今、自分が思っていることを口にすればどうなるのか、テンタが一番知っているのだから。
そんな息子の態度に父親は苛立ったのか、「いいたいことがあるなら、はっきり言え!」と頬を張った。
これで良いんだと、叩かれた勢いで尻もちを付いたテンタは直ぐに立ち上がる。子供の柔らかい肌は衝撃に弱いのだろう。叩かれた頬が赤くなっていた。
いつもならば、無言を貫けば直ぐに父の怒りは去る。
しかし、この日は機嫌が悪かったのか、「何も言わないならもっと痛い目に遭わせよう」と、腰からナイフを引き抜き――テンタ目掛けて投げ付けた。
「ひっ!」
叩かれた頬と反対側の頬をナイフが走る。霞めた頬から血が浮かび上がり、涙を流すように雫が落ちた。
「さあ、なんでも言っていいんだぞ? さて……次はどこを狙おうか」
息子の身体を傷付けることすらも楽しくて堪らないと笑う。その異様な笑みに威圧されたテンタは、
「ひ、人は殺したくないんです!」
と、自分の本音を口にした。
人を殺したくない。
それは父親の命じた事と正反対の言葉だった。テンタがもう少し大人であれば、上手く誤魔化すことも出来ただろうが、まだまだ、心が未熟な子供。
純粋であり何色にも染まる。
恐怖で本音を口にしたテンタに近づき、首を掴んで牢獄の檻にへと打ち付ける。中にいた牢獄者が「親子喧嘩かぁ、いいねぇ。やれやれ!」と、鉄格子に顔を近づける。
「……うるさい。お前らが私に近づいて良いのは死ぬときだけだ」
処刑人と犯罪者。
その関係を忘れるなとナイフで男の瞳を突き刺した。瞳からナイフの柄が生えた男は、痛みに声にならぬ悲鳴を上げながら牢獄内を暴れる。
やがて、動きが小さくなっていき、最後には微少な震えさえもなくなった。
牢獄内で消えた命に対し父は、これこそが処刑人の特権だと傲慢に笑った。
「どうだ? 処刑人は最高の仕事だと思わないか? 犯罪者を殺せば国から金は貰え、国は平和になる。更には殺した相手の所持品まで手にしていいんだ。お前が何不自由なく暮らせているのは、俺が処刑人だからだ! なのに、なんでなりたくないと言うのか?」
「そ、それは……」
テンタは言う。
自身が何故、処刑人になりたくないのかを。
「だ、だって、誰も友達になってくれないし……。僕を「人殺し」って彼らは虐めるんだ」
テンタの言葉に父は、一瞬、力を緩めるが直ぐに手を話して頭を撫でた。
「はっはっは。そうか。良かった。まだ、見所はあるな」
処刑人の仕事は人を殺すこと。人を殺して利益を得る職業を他の人々は嫌悪していた。故にテンタ達が暮らすのは国の外れだった。
テンタと同い年の子供たちは皆、学校に通っているがテンタは違う。
学校に行けば待っているのは差別。
通っていなくても、わざわざ外れまでやってきて「人殺し」と、石を投げられる現状を考えれば、通わないのが正解だ。
ただ、それが正解であっても、幼いテンタには納得できるモノではなかった。
「そんな理由であれば、今度、兄であるソラと行動を共にするがよい。優秀な兄ならば、その答えを教えてくれよう」
父は言いながら、地下にある牢獄から去っていく。その背中を見つめながら、とにかく、父の機嫌が良くなったことと、これ以上、暴力を振るわれなかったことに心を緩める。
「でも、僕だって、虐められるだけじゃなく、皆と普通に遊びたいよ」
1人では街にも行けない。
話す相手は家族だけ。
隔離された世界で、言われるがままに処刑し、他人からは差別される生活はテンタには辛過ぎた。
地下牢に残されたテンタは煉瓦で作られた床に涙を流す。
いくつの涙が床に染み込んだことだろうか。
嗚咽を響かせるテンタを笑う一つの声があった。
「はーっはっは。泣くのはスジが違うってもんだぜ、坊ちゃん?」
声の主は先ほど父が殺した男と同じ牢屋に入れられていたもう一人の犯罪者だった。命の火が消えた男に手を合わせ、死体を隅に運ぶ。
「なにが言いたいの? あなたに僕の気持ちは分からないでしょ!」
死者への手向けが終わった男は顔を上げて鉄格子に近づく。蝋燭の火が囚われた男の顔を照らした。
男の顔を見たテンタは思わず悲鳴を上げる。男の顔には無数の傷が刻まれていたからだ。
切り傷に火傷痕。
どれほどの危険を潜ればそうなるのか。
「おいおい。人の顔見て悲鳴はねぇだろ。、まあ、初対面の人間は、大体そんな反応なんだけどな……」
テンタの反応に苦笑いした後に、「スジが違う」の意味を話し始めた。
「俺もこいつもさ。死ぬことは覚悟してたさ。この牢獄で初めて会ったけどよ、命を懸けてしたいことをして掴まった。例え行った行為が「悪」だろうと、自分がしたいことをして掴まった。けどよ、お前はどうだよ――。お前の口ぶりじゃ、友達がいたら人は殺せますって聞こえんぜ?」
殺したくない理由を「人」に虐められる、差別されるからだと――「人」に責任を擦り付ける。
ならば、仮に友達が出来れば、先ほど父がしたように無慈悲に人を殺せるのかと傷だらけの男は問うた。
「やりたいこと。やりたくないことくらいは自分で決めろよ。で、どうなんだ? 俺は殺されるにしたって、そんな中途半端な奴には殺されたくねぇんだよ」
「そ、それは――。うう……、うう、分かんない。分かんないよぉ」
傷だらけの顔に睨まれたテンタの泣き声は大きくなる。地下牢全体に響く。
洞窟のように組まれた地下牢は子供の甲高い泣き声を反響させる。子供の泣き声に苛立ったのか、牢獄のあちこちで鉄格子を殴る音が聞こえてくる。
監獄内に響く音に、すぐに看守達がやってきた。
「うるさいぞ! なにをしている……って、テンタ様!? まさか、囚人に何かされたのでは!?」
涙を流すテンタを牢獄から離すと、すぐにもう一人の看守が拳銃を取り出して傷らだけの男に突き付けた。
「貴様――。我らが主の息子になにをした!?」
「別に――なんもしてねぇよ。それより、同じ牢の奴が殺されちまったんだ。ちゃんと埋葬してやってくれねぇかな」
「ふん! 囚人など埋葬する必要もないわ。さ、テンタ様。安全な場所に避難しましょ」
監獄に背中を押されながら、牢獄から去っていく。
涙を拭きながらチラリと振り返ると、小さく手を振る傷だらけの男がいた。
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