馬鹿げた世界平和

因幡寧

第1話

「つまり、君は未来からきたってことかい?」


 聖都魔導学園の中。白衣を羽織った女性が対面の少年に向かってそう問いかけた。学内は閑散としており、窓の外では夕焼けが景色を赤く染めていた。


「ああそうだ。証拠だってある」


 そういうと少年は懐から鈍く輝く宝石のような、金属のような不思議な質感のものを取り出す。


「これは夜空を瞬く星のかけらだ。地上にはない物質で、膨大な魔力を持っている。これは今の時代には存在しえないもののはずだ」


 女性は少年からそれを受け取り検分する。ただ触れているだけでもその中に内在する魔力が肌をひりつかせた。

 夜空で光り輝く星。それが永遠と光り続けていることは確かで、それを地上にはない魔力を多量に含んだ物質で星が構成されているからだという説も確かにあった。だからこそ夜空の星は儀式魔術のような大規模な魔法に利用できるのだと。

 女性はこれほどまでに魔力を狭い空間に閉じ込めたものを見たことがなく、少年の未来から来たという主張も多少は信じてみようという気になる。


「それで、目的は?」


「ああ。僕は確かな使命をもってここに来たんだ」


「使命だって? なんだよそれは」


「世界平和だ」


「は? 世界平和?」


「そうだ」


 女性には少年がふざけているようには見えなかった。


「……それで、なんで私のところにきたのかね」


「あなたの研究は世界平和に大いに関係しているからだ」


「私の研究が成果を出したとしても世界が平和になるとはとても思えないな。私の研究は記憶を外に持ち出せないか、保存できないかって類のものだ。記憶を外に持ち出せるようになるということは嘘が付けなくなるってことにもつながる。研究しててなんだがむしろ世界が混乱しそうなものだがね」


「そうだな。あなたが研究しているものが一定の成果を出せばそれは様々なものに利用されるだろう。必ず善きこと以外にも悪しき事にも使われるだろうな」


「――おいまさか、それで私を研究が完成する前に消しに来たというわけではないだろうな」


 反射的に身構える女性に少年は微動だにせず、鼻で笑った。


「いまのままではどれだけ頑張っても研究は完成しないだろう。放っておけば成果を出せず研究費を打ち切られここはなくなる。現に今、最後通告を受け取ったばかりではないのか?」


 少年の言葉に女性の脳裏にある光景がよみがえっていた。確かに女性は数時間前に次が最後のチャンスだという旨の通告を受けていたのだ。その残酷な現実に打ちひしがれてこんな時間まで研究室でぼーっとしていたわけである。


「……確かにそうだが、なぜ知っている」


「いっただろう。未来から来たのだと。……それにこのタイミングであればあなたも僕の提案を受け入れやすいと思ってのことだ」


 女性はけげんな顔で返し、少年の言葉のその先を待った。


「あなたの研究を僕が手伝おう。それであなたは研究室をつぶさなくて済むし、世界だって平和になるのだから」




 ――少年の提案を受け入れた後、研究は驚くほど順調に進んだ。少年が答えを知っているのだから当然だが、なぜか少年は女性に答えそのものを教えてくれることはなく、いつもそのヒントのみだった。少年曰く、歴史の流れを必要以上にゆがめないためということらしかった。


 そして、研究もいよいよ大詰めとなり、後はいくつかの実験を残すのみだった。


「……記憶の転送装置」


 女性は目の前の大規模なマジックアイテムを見て、ふと疑問がわいてくる。


「なあ、これは必要なものなのか? 理論は完成してるし、小規模な実験は成功した。こんなに大きなアイテムを作る前に大々的に研究内容を発表するべきなんじゃないだろうか」


「……あなたが考えて実行してきたことだろう。僕は理論のヒントしか与えていない。最近はあなたがすることを眺めている時間のほうが多かったはずだ」


 少年の言葉に女性は確かにと納得する。

 記憶の遠距離転送は女性自身が思いつき形にしたものだ。もしかして自分は少年の力に頼らず何かをなしたかったのだろうか。そんな感想が降ってわいたことで自嘲気味に女性はかすかに笑い、装置の準備を継続した。


「……よし、いくぞ」


 魔力を充てんし、装置を起動する。重苦しい音が響き、術式が構築されていく。


「真実を伝えよう」


 そんな中、背後の少年が唐突にそんな言葉を発した。


「これは慈悲だ。あるいは期待だ。これは僕を作った誰かによるメッセージでもある」


 振り返ると少年がうつろな目でこちらをじっと見ていた。その手にはあの日未来から来た証拠とされたものがある。


「……それは、記憶球か?」


 あの日星のかけらと説明されたものが今は違うものに見える。女性が少年の助けを得て完成させた理論。その中に含まれる記憶を保存する媒体だ。どうしていままで気づかなかったのだろう。そう感じ自らの記憶をさかのぼっていくといくつもの疑問点が表出した。現実が足元から崩れていく感覚。


「僕と同じような存在が各地である装置を作らせた。今この瞬間似たような実験が各地で行われているはずだ」


 少年は確かな足取りで装置に近づいていき手に持った記憶球を掲げる。


「僕の担当は記憶だ。これより世界に過去を上書きする。これが何回目かはわからない」


「待て、君は世界平和のために私の研究を手伝うといっていたじゃないか!」


「世界平和のためだ。現状は比較的平和だろう? だからその時間を繰り返すんだ。永遠に」


 少年の横顔は今までに見たこともないものだった。その奥に狂信的な何かを感じ、女性は気圧される。だが、本能的にそれを阻止するべきだと体が動いていた。


 ――だが、遅い。装置の術式は完成し、直後に光の柱が立ち上った。女性の視界の奥には同じような光の柱がはるか遠くにも上がったのが見えた。




「つまり、君は未来から来たってことかい?」


 少年にとってそのやり取りは滑稽にも感じられた。少年すら過去のループを覚えているわけではないが、これが何回目かであることは感じられたからだ。


「ああそうだ、証拠だってある」


 いつものように記憶球を取り出す。これは世界全体の記憶の保存装置だが、女性の記憶や思考の流れをわずかに改ざんさせる力もあった。


「これは夜空を瞬く星のかけらだ。地上にはない物質で、膨大な魔力を持っている。これは今の時代には存在しえないもののはずだ」


 記憶球を受け取った女性はそれを熱心に観察し始めた。

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