天地天命、人として生く 現実—現実と夢のはざま

夏の陽炎

第1話 現実へ向かう橋

 胸がよじれる。

あの子—が療育手帳を持っていたのを見た。

あの子は隠さなかったけど、ひどく気にしているようにみえる。

それが、どうしたって

だってあの子は

「私も慣れてきたら事務仕事をさせてもらうの。」

 と言ってた。


 フリーター時代、新人に仕事を教えるのも一人でできないわたしは、面倒なんてみれないだろう。


 あの子は、わたしと友達にはなってくれないかもしれない。


—――――――――


 視線を感じて目が覚めた、

朝方。

ふんわりと亡き兄の瞳を見つけたような気がした。


「どうして、あの時、言わなかったのさ?」

 とっさにわたしは目を三角にして言い返した。

「なんであんたがそんなこと…聞いてくるのさ。」


 また再び15年も前の話?

 無言で座るフリースクールの先生の車の助手席でびっくりするような言葉を聞いた。

『あのチェーンつけてるお姉さん、チェーンつけているのは縛られたい欲求があるんだろうね。』

 学生を教える身の人のなんとも雑なセリフ。

「でも、それだけじゃ、猥褻なセリフだったかどうかわからないじゃん。」

 今のわたしは兄に言い放った。

でも先生がそう言い放ったその日に立ち寄った雑貨屋さんで、SMセットの商品の前で先生は立ち止まった。

『こんなの売ってるよ。』

 わざわざ商品の前で立ち止まって言う。

わたしはさらに無言でその場をしのいだ。

「その時、聞けばよかったじゃん。“わたしってなんなんですか?”って。どうして聞けなかったの。怖かったの?」

 わたしは部屋の闇の端々から光が宿るところを探し、やっとカーテンの隙間にほの明るさを感じてブレた焦点を元に戻した。

「どうせ、過去に朝方先生にキスをされた記憶があって、それが本当に夢でもその時に、わたしって先生にとってどんな存在ですか。くらい聞いてもよかったのかもね。」

 人生を狂わせてしまったんだから。こんな些細な心の痛みのせいで被害妄想や幻聴や幻覚が発症し、統合失調症になってしまい、関係のない人たちを苦しませて自分の立場も居場所もなくしてしまったのだから。

そうなるくらいなら、先生に

「わたし、先生とキスする夢みたんです。先生はわたしにとってどんな存在ですか。」

って聞けたら良かった。


エンゲージメント


私は自分に呪いの指輪をはめてしまったことに気が付いた。

自分も傷つかず、なお且つ相手(先生)を汚さないという永遠を与えてしまっていたのだ。

それが、17歳から始まり23歳前で終わる私の青春期の恋愛だった。


この、呪いは笑い事ではない。

統合失調症になって喚いて人間に態度を悪くして大迷惑をかけた。


もし、わたしの人生が果てに近づいているなら、

今という現実に生きる“あの子”と、もう少し親しくなることができたなら、

わたしの無を拭い去ってくれるような

そんな煩悩がわたしに生を焚きつけた。

 

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