第10話 王家直轄地



 王都をぐるりと囲う石造りの巨大な壁とその正門の前で、神殿つきの護衛騎士とは別れた。

 騎士たちは私たちと一緒に付いていきたいと言ってくれたが、神殿からお借りした人たちなので流石に無理だ。

 代わりに王都を出る前に腕の立つ男達を数人雇った。普段は傭兵とかもやっているらしい。

 あとは食料や水なども買い込み、私たちは国王陛下が現在掃除中の王家直轄地の別荘へ、一週間ばかりの道のりを旅することとなった。


 途中見かける町や村の様子はーーーすごく汚かった。

 やはり掃除が行き届いていないし、なにより糞尿処理問題が大きかった。


 王都から王家直轄地までは、王族が快適に旅が出来るように道が大きく舗装されていたことだけは良かった。

 旅の間に野宿も経験するかもしれないと思っていたけれど、結局すべて宿屋に泊まることができたのもありがたい。


 ただ、ベッドがダニだらけで痒くて眠れない、という恐ろしい体験が連続した。

 仕方なく夜中に蝋燭の灯りだけで自分の泊まる部屋を大掃除するという事態に陥り、ようやく眠れたのは早朝三時。出発ギリギリまでねばって眠ったが、睡眠が足りず頭がぐわんぐわんして、馬車で爆睡するという毎日だった。


 ちなみに掃除した室内を見た宿屋のオーナーは皆とても感謝してくれて、私が泊まった部屋に『聖女の間』という名前をつけたらしい。

 が、出発の際の私は睡眠不足で半分意識が飛んでいたのであまり覚えていない。


 そんなダニと睡眠不足に悩まされる一週間の果てに、私たちは王家直轄地へ辿り着いた。





 海沿いの貿易都市である王家直轄地は、王都の三分の二ほどの面積だが、船を通して他の大陸とやり取りしているので町には活気が溢れ、人も多かった。そしてその分、王都以上に汚かった。


 王都の上下水道工事が終わったら、次はこの地の工事に移るのかな? と思いつつ、国王陛下と王妃様に会いに行く。

 第二王子カルロスについてきちんと告げ口すると、国王陛下は「よし、カルロスは除籍決定、どうせ黒幕のフェリクスは領土と財産没収の上、処刑として……」とあっさり処分を下した。


「聖女キヨコが王都追放の間に、王家直轄地の浄化から始めてしまおうかのぉ。魔術師アクロイドよ、上下水道の設計図などはどうなっておる? 魔術研究所かの?」

「書類としてエリック様にお渡ししましたが、僕の頭の中にきちんと入っております」

「どうせエリックも面倒くさがって、今ごろこっちに向かっとるじゃろ。じゃあ、まずは魔術師アクロイドにこの地にいる他の魔術師たちと連携してもらい、『王家直轄地の上下水道工事』について話を進めておいてもらおうかのぉ。エリック達がこちらに着き次第、工事が始められるようにの」

「はい、陛下」


 たんたんと進んでいく二人の会話に、私は置いてけぼりだ。

 国王陛下の隣でおっとりニコニコしている王妃様は、「二、三年くらいこっちでのんびりするのもいいわよねぇ」と頷いている。


「王都を放置していいんですか、国王陛下」

「カルロスをそそのかして実権を握ろうとしておるフェリクスへの嫌がらせじゃ!」


 いい笑顔で言う国王陛下である。


「それにのぅ、城の中にある重要なもんは儂以外が開封できんように魔術をかけておるから、城を乗っ取ったところでアイツらはなにも出来はせん。

 それよりもこの王家直轄地を始めとした地方の方が障気が濃いのが、実際に見てよくわかったのじゃ。地方の浄化は急務じゃ。上下水道工事の順番を変え、王都ではなく地方から始める。辺境の地では水を汲むのも大変のようじゃからな」

「国王陛下……」


 国王陛下の語る案外まともな理由に、私は驚いた。


「じゃが、新たな光の聖女というのは気がかりじゃな。本物であれ偽物であれ、その女性を使って民を扇動し、クーデターを起こして儂を処刑という流れに持っていくつもりなんじゃろうが……。とにかくその女性が危険じゃ。神官長達にその女性を守ってくれるよう、密使を送っておくかのぉ」


 というわけで地方浄化作戦、もしくは王都放置作戦が始まったのである。

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