第8話 国王陛下と贈り物



 私の聖女用の部屋→アクロイドが住み着く魔術研究所→シスの独身男部屋→エリックのコレクション部屋→王妃様の衣装部屋→ときたら残る問題はあと一つ。


 国王陛下の倉庫である。


「この部屋にある物は必要なんですか?」


 私の質問に「いいや」と首を横に振るイケオジ国王陛下。


「じゃあ大事な思い出の品とか、代々受け継がれてきた国宝とか?」

「いいや。そういった物はもっと厳重に保管されておる」

「国王陛下の趣味のものですか」

「いいや」

「じゃあなんなんですか?」

「国内外の王候貴族から献上された、馬鹿高いけれど儂の趣味には合わんものの山じゃよ……。気に入ったものはまだ使うなり飾るなり出来るんじゃがな」

「売ってしまいましょう?」

「売った商人から、儂に献上品を贈ってくれた相手にバレたら、気まずいじゃろ……?」


 国王陛下の言い分も分からなくもない。

 私にもそういう時があった。友達がせっかくプレゼントしてくれた物が趣味じゃなかった、みたいなことが。

 相手と疎遠になったことをもあって手放すことが出来たが、そうじゃなかったら処分にもっと時間がかかっていただろう。罪悪感との戦いなのだ。


「儂が死んだあとなら全部好きにしてくれていいんじゃがなぁ……」

「でも気になっているのでしょう? ここに贈答品の山があることを」

「ハッ……! 聖女キヨコよ。我が国へやって来てくれた礼に、ここにある物ならなんでもやろう!」

「なに良いこと思い付いた、みたいな口調で言ってるんですか。拉致した上に不用品を押し付けるとか最低の奴がすることです」

「でもお高いんじゃよ? これなんか純金じゃし」


 純金で出来た全裸の男性像を手渡された。無駄に精巧にできているあたり悪趣味である。

 私は《リサイクル》を使って男性像を金塊にする。


「おおっ!! それは素晴らしい!!」


 国王陛下はパチパチと手を叩く。


「聖女の力で金塊にできるとは。これなら国庫に適当にぶちこんでも問題ないな」

「他のものも金塊にしちゃいましょうか」

「うむ。そうしよう!」


 そう言って周囲の贈答品の山をゴソゴソ漁り出した国王陛下ではあったが、結局次に《リサイクル》しようと思うものがなかなか選べず、ああでもないこうでもないと頭を捻っている。


「これはとても世話になったレイトン公爵から貰ったものでなぁ、ダサいんじゃけど……うん、やっぱり駄目じゃ。レイトン公爵が悲しむかもしれん」

「これはトリクシーから貰ったものじゃったな。もう何年も会うておらんが……うむ、手放したと知れば気を悪くするやもしれん」

「おお、懐かしい。これはアレックスが若かりし頃にくれたものじゃ。アイツも元気にしとるかのぉ」


 次々と出てくる思い出話に、私はもう国王陛下の倉庫の整理は諦めようとなかば思っていた。私の父がこのタイプの、すべてが大切な思い出で全部取っておきたい人だったので、説得の難しさを知っているのだ。


 けれど途中で、国王陛下が眉根を寄せた。


「ううむ……」

「どうしたんですか、国王陛下?」

「これは金塊にりさいくるできないやつなんじゃが……」

「そうですね、動物の剥製ですね」

「これを贈ってきたのが儂の弟のフェリクスでなぁ……」

「ああ、王弟殿下ですね。私、この間ちょっとだけお会いしましたよ」

「儂、アイツが嫌いなんじゃよなぁ」


 しみじみ、国王陛下が言う。


「これも珍しい動物の剥製なんじゃが、見てるとフェリクスを思い出して嫌な気持ちになってしまうんじゃよ」

「神官長にお願いして、この動物の弔いをしてもらいましょうよ、国王陛下。剥製にされた動物が可哀想ですし、嫌いな人のことをいちいち思い出すような品は、自分の精神衛生のためによくありませんよ」

「……そう思うか?」

「はい」

「フェリクスから貰ったもの、まだまだあるんじゃが」

「国王陛下だって王弟殿下にあげたプレゼントを例え全部捨てられていたとしても、なんとも思わないんじゃないですか?」

「思わんな、別に。儀礼のために渡しただけじゃし」

「捨てても《リサイクル》しても、どっちでも大丈夫ですって」


「よし」と覚悟が決まったように、国王陛下は頷いた。


「フェリクスから貰ったものは全部りさいくるじゃ!」


 それからの国王陛下の行動は早かった。

「フェリクスは昔から儂に辛辣でな、子供の頃なんざ……」「あの時あいつに騙されて儂が母上から叱られたんじゃ」「狡い奴なんじゃフェリクスは」などとフェリクス王弟に対する文句を言いながらも、次々に王弟から贈られた品を発掘する。

 そして私はどんどん《リサイクル》だ。アクセサリーは金塊と宝石に、家具は薪に、衣装は生地に。食器もオルゴールもタペストリーも、どんどん《リサイクル》してはなにかの材料に作り変えられる。


 最後の品まで《リサイクル》が終わると、国王陛下は実に清々しい表情をしていた。


「儂の頭の中には、あんな嫌な奴を置く場所など端からないというわけじゃな!」


 今回倉庫の中身はあまり減らなかったのだけれど、国王陛下の心の中からは嫌いな人間のために割くスペースがかなり減ったのだと思う。

 良かった良かった。

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