第7話 王妃様とドレス
侍女に泣きつかれ案件その③はカルロス第二王子の私室らしいのだが、訪ねに行ったとたん追い出された。
「おまえのような偽物聖女を私室に入れろだと? 馬鹿なことを言うな。陛下の許可さえあればこの場で処刑してやるものを……。とっとと失せろ。俺にその顔を二度と見せるな!」
カルロスにペッと頬に唾を吹き掛けられた。めちゃくちゃ汚い。
やっぱアクロイドにアルコール消毒剤も作ってもらおう……と思いつつ、ハンカチで頬を拭う。
一緒に付いてきてくれたシスは、慰めるように私の頭をぽんぽんと撫でた。
「第二王子も十七だからなぁ。まだ春画を読んでいることは他人には知られたくねぇんだよ。どうせ読んでることなんてみんな分かってるっつうのに、無駄に隠したくなるお年頃なんだよ」
「そっか」
そう言われるとそんな気がしてきたわ。
私はカルロスの部屋を諦めて、侍女に泣きつかれ案件その④へ移ることにした。
▽
「だってそれお気に入りなのぉ。わたくしが十代の頃に流行ったデザインなんだけど、ピンクの生地が本当に可愛くてぇ。いつか痩せたら着ようと思ってるの~」
出た。
いつか痩せたら若い頃の洋服を着る着る妖怪。
うちの母と似たような発言をするのは、アラフォーの王妃様である。
侍女泣きつき案件その④……王妃様の衣装が多すぎる問題である。衣装部屋だけで結婚式場レベルのホールが三つ四つ埋まるレベルで衣装があり、管理が追い付かないのだそう。
そりゃまぁ、もうすぐ四十代の王妃様が十代の頃のドレスから全部保管していたら大変だろう。
どうやら十代の頃は華奢なピンク色のドレスでぶいぶい言わせて男性を翻弄し、国王陛下の御心まで射止めた王妃様はさぞや可憐な美少女だったらしい。
だが現在の王妃様は年齢に合わせたふっくらとした肉付きをしており、人妻らしい色気が漂っている。ぶっちゃけこのドレスはもう似合わないだろう。
たぶん王妃様が痩せたところで、十代の頃と同じスタイルを維持できるとは思えない。
例えば十代からずっと160cm50kgをキープしている女性がいたとして、若い頃と中年では肉の付く場所が違う。お尻の形やスッキリとした二の腕をキープできる人は相当の努力家だ。
そしてその努力ができるなら、王妃様はすでに十代のスタイルを取り戻しているだろう。
「わかりましたわ、王妃様。ではこれから一緒にダイエットの計画を立てましょう」
「ええっ?」
「食事の量を減らすだけではダメですね。ただ痩せるだけではなく、十代の頃のスタイルを取り戻すのですから、運動もきっちりしませんと。無酸素運動と有酸素運動を組み合わせて、頑張りましょう!」
「わ、わたくし、運動は嫌いなのよぉ」
「でも痩せなければこちらのドレスは着られませんよ? 着たいのでしょう?」
「き、着たいけれど運動は嫌だわ。許して、キヨコちゃんっ」
「ではこちらのドレスは……」
「す、捨てるのも嫌! だって本当にピンクの生地が可愛いのだもの!」
「観賞用に取っておきますか?」
「でも、それでは今までとは変わらないのでしょう……? わたくしだって分かっているのよ。わたくしの衣装のことで侍女たちが苦労していることは……」
しゅんと眉を八の字に下げる王妃様は、心根の優しい方らしい。
だから私は別の提案をする。
「ではリメイク致しましょう」
「りめいくって、なぁに? キヨコちゃん」
「いわゆる仕立て直しです」
「でも縫製を解いて生地をバラしても、新しいドレスの型紙は取れないと思うわ。小物なら作れると思うけど……」
しかし私には《リサイクル》の能力がある。
ドレスの形に裁断された布ではなく、同じ分量の一反の生地に作り直せるのだ!
というわけで能力を使う。
「まぁ……! すごいわ、キヨコちゃんっ」
「同じ布のフリルもたっぷり付いたプリンセスラインのドレスだったので、生地の分量が多く取れましたよ。これなら王妃様の年齢に合わせたシンプルなオフショルダーのドレスなんか作れますよ!」
「きゃぁぁぁ! 素敵! 是非とも着てみたいわ! キヨコちゃん、わたくしの若い頃のドレスをみんな布に戻しちゃいましょう!」
「はいっ」
王妃様専属の侍女たちがどんどんドレスを運んでくる。
若い頃はフリフリのプリンセスラインのドレスばかり着ていたらしく、《リサイクル》すれば、たっぷりの生地が出来上がった。
大事な式典などに着ていたドレスや、代々受け継がれるべき衣装は保管するが、流行遅れのデザインやサイズの問題で着れなくなったドレスは全部生地にしてしまった。生地の状態なら保管場所もあまり多く必要はないし、ドレスを仕立て直さなくても、譲ったり寄付したりすることができる。
ドレスについていた宝石やレースなどの部品も、有効活用できるだろう。
「今日は本当にありがとう、キヨコちゃん」
「お役に立てて何よりです」
「痩せたら着るってずっと言っていたけれど、わたくし別に痩せる努力なんかしたくなかったのよねぇ。だってこの体で健康だし、見苦しい見た目のわけじゃない。今の自分に別に不満はないのよ。
十代の頃のドレスが本当に着たかったわけじゃなくてね、ただ十代の頃の自分を愛していただけ。寝て起きたら、あの頃の最強美少女だったわたくしに戻れないかなぁ~って思っていただけなの」
王妃様はどこか切なそうに微笑んだ。
……まぁ、異世界拉致される過程で十五歳の体に戻っちゃった私には、王妃様の感傷は正確にはわからないけれど。
早くおっぱい育たないかな……。
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