存(あり)
しゔや りふかふ
存(あり)
ブリキ(BLIK:和蘭陀語 錻力 鐵葉。炭素量の少ない軟鋼の基板に錫の薄膜を被覆処理したもの) 製の 缶詰の 蓋が 牽きめくられ、
大日如来(
燐青銅製薄片のリード(
銘柄をプレスされた真鍮製の金属の板に、ニッケル鍍金で美しい銀色の薄膜を被覆されたカバー・プレートはリード・プレートの上に被るように木製コームにネジ止めされている。
それも、これも、あたしの生まれる前の意識(意識=存在)と同じ。喩えみたいになっちゃうけどね。
変なこと言ってるかな?
あたしのブリキ缶への意識はブリキ缶じゃない(当たり前か)。だったら、ブリキ缶は存在ではなく、無以上の無、空すらも絶する絶空、ってことだよね。(だって、無は存在(意識)の一つじゃん、実存的に。かつ、論理の律令に遵う限りに於いては。
だから、ブリキ缶はあたしが生まれる前のあたしの意識(みたいなもん)、って喩えなのよ。思わない?
考えないとか、考えられない、っていうレベルじゃない。無意識ですらもない、生まれる前の意識って感じ。
生まれる前に意識なんかある訳ない。無意識以前だ。無意識より凄い無意識。ましてや、無なんていう〝何か(概念)〟なんかじゃ、さらさらないわ。
定義もない(不定義)、不定義や空や零にすらも着地しない、宙ぶらりんな、何だかのかたちに特定できない、特定できなくて未遂不収のまま、放置状態で、止まったまま。
何もかも、未確定〝X〟ぢゃ!
気附きの萌芽は未だ、夜明け前の靄のよう、仄かに籠盛れ上がりつつも、未分明・未定義な朦朧たる意識でしかなかった。
もう、ただ、寒くて、寒くて、何も考えられない。ふっ、と気附く。考えられないということに気が附くと、光よりも速いスピードで、〝じぶん存在〟=じぶんへ対峙=気遣い想うに至って、明晰が唐突する。
『 Me, Now Being. 』
あたしはじぶんの存在を触覚した。
感触はつかむ(感触は〝つかむ〟を現象する)。何も見えなかったが、睿らかに雪に似た触感であった(〝つかむ〟は〝雪をつかむ〟へと増築される)。
背中に当たるものも冷たい。硬くて尖った凹凸がいくつもある。凍っていて、でこぼこした壁らしい。
風が皮膚を切るように痛い。
動こうとしたが、
「あっ!」
思わず叫んだ。足場がない。
ここは、いったい、何なの!
下と思われる方を覗き込もうとした。実は、上下左右前後も、よくわかっていないということに気が附く。嘔吐が襲った。
気持ち悪い、最悪の船酔いよりもひどい、眩暈のような、ぐるぐる廻る、四方八方というものがないという日常では経験し得ない感覚。
「え」
あたしは気附いてしまった。判然としていなくても、底知れぬ巨大な深淵の脅威が尞らかにあたしを壓す、存在感覚に、轟くような大空間の威に。
途方もなく広大な空間だ。
「そんな、こ、怖い」
奈落へ真っ逆さまに急降下する畏怖が足の裏から、ぞわぞわと皮膚を逆昇り上って来る。
死への恐怖、じっとしているしかない。落ちそうになった。壁にぴったりと張り附く。凍った岩の膚にしがみ附く指の感覚が失せて、落ちてしまう恐怖、気の遠くなる時間であった。
ここに、夜明けというものがあるのか、それすらもわからない。
空気が紺色に変わった。夜明け前が近づきつつあることを知る。
あたしは恐ろしい場所にいることが徐々にわかり始めた。ここは絶壁で、坐っているのは幅が五十㎝余りしかない岩棚(と言っていいのかどうか)だ。
夜明け前、ブルーの空気の中で状況が見え始めた。足下が断崖絶壁、もの凄い奈落へ真っ逆さまの、途方もない大亀裂であることがわかってくる。
茜の光が斜差す。
黄昏のような黎明とともに、正面にある向こう側も、はっきりと見え出した。
あたしのいる大絶壁の向こう側もまた大絶壁で、そこまでの距離は、たぶん、一㎞くらい。
左右見渡す。どこまでも続く垂直の絶壁の狭まる峡であると知った。
岩棚の上は左右合わせて一mくらいしか動く余地がない。どこへも行けない。死ぬしかない。
自分が今どういう状況かが明瞭となった。死ぬしかないとわかった。こんな寒さと恐怖にいて、身動きもできないなら、怖いけど、嫌だけど、死ぬしかない。
あゝ、死ぬしかない。
全ての存在が凄まじい透明度の中で、くっきり明晰に、十六Kよりもさらに数千倍も鮮烈であった。
畜生っ。ヤケクソになった。どうだっていいぜ、とてもかくても候、氷結していた血がいきなり沸点に達し絶叫し乍ら突き破りて躬らに抗い亢ぶり超え躬らの顱頭頂部を踏み躙りて下から上へ叛向き昇らん生命の逆上たる縦裂きに逆剥き牽き裂き裂きて炸裂す。
あゝ、さういふやうに狂哮した。躬らが十数mの炎叢となり、爆ぜて火の粉となりて堕ちる。つまり、いや、だから、
という訳で、あたしは唐突に〝
存(あり) しゔや りふかふ @sylv
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