吸血鬼レストラン
宿木 柊花
第1話
細い路地の奥に食事処と献血ルームが併設された店がある。数百年は続いているが誰もそこが老舗だとは気づかない。
店のメニューも看板も外装すらも人気が落ちてくれば、潔く変えてしまうからだ。
変わらないのはいつも新築のように清潔に保たれた献血ルームと店主のみ。
店主は数百年の時を生きる
この店主、最近は悩み事がありおかげでよく眠れていない。それは夜になると物が見えにくくなること。人間でいうところの
店主が経営している店は隣で献血すると半額クーポンが使える。この献血半分は病院へ送られ残った半分は店主のご飯になっている。
「おいおい、致命的じゃねーの?」
血液パックをゼリー飲料のように吸いながら現れたのは旧友のエッタ。
「俺たち闇夜に生きる吸血鬼が
エッタはキンキンに冷えた血液パックを渡しながら、そんな根詰めるなよと呟く。
「毎日ありがとうエッタ。そうだ……そうだよエッタ!」
店主は血液パックに自前のストローを勢いよくさす。血液が噴水のように噴き上がった。
「なんだよ突然」
「きっとこれは栄養不足なんだよ」
「だから毎日こうして調合された血液パックを運んでやってるだろ?」
「違うんだエッタ。栄養不足なのは僕じゃなくて人間だよ。最近の人間は昔より遥かにビタミンAと鉄分が足りないんだ」
店主の熱量にエッタは気付く、これは幾度となく経験した流れ。改装を手伝わされる展開なのではないのか。
「そうと決まればやるよ」
逃げ遅れたエッタは寂れた【うなぎ屋】に引きづり込まれていった。
シャッターの閉まった店内は光が一切侵入してこない作りになっている。
店内では客に出すために仕入れた八ツ
店主がこの【うなぎ屋】を始めたのは、ビタミンAが豊富で蒲焼きの香りは人間を集める効果があると知ったからだった。
しかし現状はほぼ誰も釣れない。
来たとしてもストレスや寝不足を煮詰めたような不健康な人ばかり。喉越しがすこぶる悪い。
閉め時である。
「今度は女性人気を狙って【レバー屋】なんてどうだろうか」
冷蔵庫を漁る店主の声は弾んでいた。
エッタは今回捕まったのは改装の為でなく新メニューの改良だと気付いた。
数世代前に人間が混ざっているエッタの味覚は人間に近い。エッタは今タピオカミルクティーにハマっている。
店主は王道のレバニラ、レバカツ、唐揚げなど様々な料理を持ってくる。獣が苦手なエッタでも美味しく食べられるようにどれも臭みがなく、食べやすい。
「どれが好きだった?」
店主は子供のように目を輝かせて覗き込んでくる。
「因みに何のレバー?」
「一般的に売られてる畜産の牛豚鶏とそこら辺で捕まえた獣」
水を飲もうとしていたエッタの襟元が濡れていく。
「あ、えーと……鹿とかちゃんと人間も食べる動物で今は猟期だから」
エッタは動物好きでよく動物園へ出掛けている。そして誰よりも無駄な殺生を許さなかった。
「ジビエってやつか?」
「そうそうそれ」
するとエッタは何か気付いたように、悔しそうに料理を見つめた。
「違いが分からねー」
それは店主も味見の時に初めて気付いた。あまり親しみのないレバーはジビエでも市販でも、味の違いが比べなくては分からない。
「そうなんだよ、だから次ね」
キッチンでまた何かを作る店主。
エッタは残った料理を食べながら待つしかなかった。
どの料理も驚くほど臭みのないレバーが主役。こんなレバーは人生初だった。
下処理は何でしているのか食感も滑らかで筋が残るということもない。丁寧な仕事なんだろうなと店主を見る。
料理している店主はとても楽しそうで輝いている。
「いいな」
つい呟いてしまって口を押さえた。
「パイだ」
手のひらサイズのパイが差し出される。
バターとデミグラスソースの香りが空腹を誘う。
「キドニーパイというらしい。市販の肝類を使っているから安心して食べてみて」
キドニーパイ、今まで悪評しか聞いてこなかった食べる者を選ぶ料理。
添えられたナイフとフォークで対峙する。
キドニーパイに選ばれるかはエッタ次第。
店主も息を飲む。己の料理が友人に受け入れられるのか、何度出しても緊張する瞬間。
━━サクッ、とろ~り
ナイフとフォークで切り裂かれたパイからデミグラスソースで煮られたレバーが溢れだす。人参やグリンピースで彩りも鮮やか。
「臭くない……」
フォークに乗せてパイ生地とフィリングを一口で入れる。
パリッとしたパイからバターの香りが広がってレバーは滑らかに舌の上で溶け、デミグラスソースを濃厚に仕立てる。後引く上品な美味しさに手が止まらない。
コリッ。
「何かコリコリしてるぞ?」
「それは砂肝だ。どうだろうか今度のパイは動物ではなく臓物の種類を増やしてみた」
胸を張る店主にエッタが言う言葉は決まっている。
「めっちゃうまい!」
そしてこの言葉で次の店が決まった。
店主はニタリと笑う。
「さて、お代を払ってもらおうか」
「そうなると思った」
メニューから、内装、外装全てをこれから作り替える。二人の時間は永くても人間の時間は短い。早くしなければ脆弱な人間は全滅している可能性もある。
「エッタ急げ急がなければ。この前みたいに忘れられたら、また面倒な宣伝からになる」
二人は新しい店の開店目指して昼夜問わず改装に励んだ。
人間を集めるため、悠久の暇を潰すため、そしてゆっくり眠るために。
━━━━
一ヶ月後にオープンしたのが臓物系パイ≪店主のレポパイ≫を看板商品に据えたレストランだった。
もちろん隣には献血ルーム。
高級感溢れるレストランでも献血すれば半額になると噂になり、若者で長蛇の列が出来ている。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
ホールスタッフは全員黒い布で顔を隠して
これは店主自らが昼から接客をするための衣装。
「クーポンのご利用ですね、ありがとうございます(ごちそうさまです)」
吸血鬼レストラン 宿木 柊花 @ol4Sl4
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