スライム突然発生から数十年

宿木 柊花

第1話

 牧場見学。

 そう聞いて牛や羊を思い浮かべたのは数十年前まで。今は突如現れた動くゼリーことスライムが放たれている。

 踏みしめる牧草は人工の耐熱耐火加工がされており、スライムで太陽光が集まって集れん火災を起こさないようになっている。固くてまるで解放感がない。

 昔はその手の火事が多くスライムは悪魔とされた時期もあったそうだ。


 牧場スライムは食用である。


 主な食べ方は、

「すみません、スライム餅ください」

「はいよ」

 手渡されたのは透明な塊にきな粉を振りかけたスライム餅。ぷるん。

 高級な葛餅の代用品として現れてから人気はうなぎ登りの大人気おやつ。消費期限は一時間というレア度。

 スライムを刻んだものにきな粉をかけて食べる直前に黒蜜を一回し。残酷に見えるがスライムは再生が早く痛覚もないそうだ。


 さっそく一口。ぷるるん。

 程よい弾力で舌で転がすと瞬時にとろけてしまう。きな粉の香ばしさと黒蜜の上品な甘さに絡まって、つるんと喉を下る。

 スライム自体はほぼ無味で仄かに草原の香りを爽やかに残す。

 たまらない。


 牧場スライムは生食だけではない。

 茹でればコリコリと歯を喜ばせ、焼けばどんな味付けも吸収する。凍らせてかき氷にすれば口に入れた瞬間にプルプルパチパチと弾けて子供に人気だ。


 まだまだ他にも調理法があるはずだと考えている。今日は生産地の見学を終えて昼めしを食べることにする。

 弁当を開けるとカレーが出てきた。しかもルーのみ。主食なし。

 もう一つある弁当を開けると麻婆豆腐が埋め尽くしていた。匂いからして辛そう。

 下の方を探ってみたがやっぱり主食はなかった。

 持っているものはスライム餅のみ。

 スライム餅単品では全くと言って良いほど味がない。よって主食の代わりには向かない。

「どうすっかな」

 いつの間にか足元に小さな牧場スライムがいた。つい触ってみたくなるフォルムに弁当を隣に置いて触れてみる。

 ぷるるん。

 ゼリーを指で直接つついてみたような後ろめたさのある弾力。この背徳感が止められなさに直結する。思ったよりしっかりした弾力がまた良い。

 ぷるん、ぷるん、ぷるるん。

「あーいたいた。すみませ~ん、うちの食用スライムが逃げ出しちゃって」

 牧場スタッフが走りよってくる。

「大丈夫ですよ」

「あ゛ーーーー!」

 近くにきたスタッフが叫ぶ。

 驚いて指を引っ込め、振り返る。

 スタッフが小さなスライムを抱えて狼狽えていた。

「もしかしてこれ……」

 スタッフが指差す先はさっき隣に置いた弁当箱だった。そしてそれはすっかり空になっている。

「どうして?」

 困惑しているとスタッフが目の前にスライムを二匹差し出した。スライムは透明。その体の中心に見覚えのある物体が浮いている。

「すみません。開発中の食用スライムが食べちゃったみたいで……お詫びに食べてください」

 困惑に困惑が重なって混乱する。

 弁当がスライムに食べられて、そのスライムを食べる?

「美味しいですよ。食用スライムの核だけは回収させてもらいますけど、自信作です」

 流されるままにカレーを包んだスライムと麻婆豆腐を包んだスライムを弁当箱に乗せて受け取る。核が抜かれてもぷるぷる感は保たれている。

「そうだ、来て下さい。オススメの調理法があるんですよ」


 マイペースすぎるスタッフに連れられて実験室のようなキッチンに着いた。

 突然渡された蒸籠せいろに食用スライムを並べるように言われ、その通りにした。

 大鍋では湯がグラグラと沸いている。スタッフは慣れた手つきで蒸籠を乗せる。

 待ってる間いかに苦労して食用スライムを作ったのかを語られた。

 食用スライムは牧場スライムから派生し、加熱することで食感が変わるそうだ。

「できました」

 蒸された食用スライムは半透明になっている。ほかほか。

 目の前には二種類のスライムまん。

 茶色のカレーと赤い麻婆豆腐。

「いただきます」

「どうぞ」

 カレーから一口。少し弾力が増したスライムの中からカレーがトロリと顔を出す。とろけるぷるぷる食感が蒸されることで、少し伸びるようなモチモチムチムチとした食感に変わっている。これはすごい。

「美味しいですよ。モチモチしてて」

 次に麻婆豆腐の方を、と思ったら麻婆豆腐を包んだスライムが少し赤くなっている。

 大口でかぶりつく。

 ムチムチしたスライム自体が麻婆豆腐の辛味を吸っている。皮までも具の味がする中華まん。ウマイ。

「包んでいるスライムまで麻婆豆腐の味がします」

「本当ですか?」

 もう一口確認のために食べるとやっぱり麻婆豆腐だった。辛味がまろやかになり、ムチムチ感が増している。

「本当です。ウマイですよこれ」

 スタッフは勢いよく立ち上がる。

「ヤッター! 成功です!」

 ピョコピョコと跳び跳ねるスタッフに合わせて近くて食用スライムも一緒に跳ねる。

「これを作っていたんですよ。味のないスライムに味を付ける研究」

 喜ぶスタッフを見ながら、中華まん化したスライムまんをむさぼる。

 これは止められない。中毒性があるのではないかと疑いたくなるレベルだ。


 これが商品化したら絶対に買おうと心に決めた。

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