瑠璃色玉の縁 肆
「この辺りかな……?」
翌日の午後十一時過ぎ。
るいは、瑠璃から貰った情報を頼りに、ある場所へ向かっていた。
目的は、瑠璃に悪戯を仕組んでいると思われる犯人、少年霊と会うためである。
『わざわざこのような時間に出向かず、昼間に赴いても良かったのではないか?』
「人目の多い昼間に行ったら、不審者扱いされるのは容易に想像がつくよ。それに、この方法で説得するなら、夜の方が効率も良いしね」
『まあ、儂は構わんがな。だが、今回の貸しは高くつくぞ?』
「……酒盛りの件でしょ? 永楽酒造さんから祈祷用に頂いた地酒があるから、それを肴に一晩でどう?」
『ふふん。わかっておるではないか、坊主』
そういって剛濫は、満足気に笑う。
基本、陰祷師と妖怪は共生の間柄。
しかし、身体の主導権は常に陰祷師が持っているため、真に対等かと言われば、そうではないのが現状だ。
そこでるいと剛濫は、陰祷師となった際に、ある取り決めを行った。
それが、定期譲渡の約定である。
要は、力を貸す代わりに、定期的にるいの身体を一時的に貸せ。そして酒盛りをさせろ、というわけだ。
主導権を一時的に明け渡すということは、その間だけ内なる妖怪が自由に行動できることを意味する。
当然、妖怪がそのまま身体を奪ってしまった、という事件も度々聞いた。
それでもるいは知っているのだ。
剛濫はただ、五感で景色を味わいながら、楽しく酒盛りがしたいだけなのだということを。
故に彼も、剛濫が条件を提示してきた時には、なるべく応じるように取り計らっているのだ。
無論、彼の酒癖については全く信用していないが。
『しかし子供霊か……。また厄介なことにならんと良いがな』
「そうだね……」
そう呟くと、るいはメモを眺めながら、一昨日のカフェでの事を思い返した――
「……というわけで、まずは黒幕を突き止める必要があるんだけど。瑠璃さんに、心当たりは?」
「うーむ。ピンとこぬなあ……」
瑠璃は腕組みをしながら、唸るように頭を捻った。
彼女に厄の縁をもたらしているのは、誰なのか。
解決策を練るべく調査を始めたるいは、手始めに当事者である瑠璃から、話を聞いていた。
妖怪だけでなく、霊的なものが絡む案件には、そのきっかけとなった事案が必ず潜んでいるのが定説だ。
たとえそれが、本人に直接関わることではなくても、その周辺に霊的なものが必ず潜んでおり、それが結果として、当事者に影響を及ぼすのだ。
恐らく今回の件についても、彼女の周囲に潜む霊的な何かが、根本的な原因である可能性は高い。
そのために、まずは本人から、心当たりがないか話を聞くことにしたのである。
「どんな些細なことでも良いんだ。身近な都市伝説とか、死者が関わる話とか」
「うーん、オカルト話、死者、ねえ……ん?」
すると、何か思い当たったのか、瑠璃の反応が微かに変わった。
「あれか……? いやー、それは流石に……」
「どうしたの、瑠璃? 何か思い当たることでもあった?」
「ああ、いんや。まさかとは思ったけど、多分違うだろうから、気にしないでくれたまえ」
「いや。霊的なことになると、どんな些細な違和感でも、それが突破口になることがあるんです。だから、話してもらえませんか、瑠璃さん」
「まあ、別に構わぬが……」
そういうと、瑠璃は思い当たった出来事を二人に語り出した。
それによると、瑠璃が普段高校へ通う際に使っている通学路の交差点で、一月前子供が車に撥ねられ、死亡するという事故が起きていたのだという。
「その交差点のすぐ近くには公園があるんだけどね、なんでも公園で遊んでいたその子供が、ボールを追いかけて道路に飛び出しちゃったらしくて、そこを車に撥ねられちゃったんだって」
「……ちなみに、その子の特徴は?」
「わたしも詳しくは知らないけど、確か四、五歳くらいの男の子だったって、看板に書いてあったかな?」
「なるほど……」
話を聞き終え、るいはしばらく考えた。
小さな子供が何かのはずみで公園から道路に飛び出し、車に撥ねられ命を落とす。
それはこの現代において良くある事案であり、それ自体は特に注視すべきではない。
恐らくその子供が命を落としたのも、運悪く厄の縁が結ばれてしまったからだろう。
けれど、問題はそこではない。
被害者は子供。しかも自己が芽生え始め、良し悪しの区別を完全には理解できていない年頃だ。
そうとなると、導き出される答えはひとつしかない。
「……それだね」
「え……?」
るいの呟きに、二人が思わず聞き返す。
するとるいは、改めて二人に視線を向け、告げた。
「ひと月前に事故死したっていう少年。その霊が、今回の事件の犯人だよ」
るいの放った衝撃の一言。その瞬間、二人の思考は一瞬停止し、そしてそれは直ぐ様驚愕のものへと変化した。
「ええと、それはつまりあれかい? わたしに悪さをしている犯人は、その事故で死んだ少年であると。君はそう言いたいってことかな?」
「ちょっと待ってよ! こんな恐ろしいことをしている犯人の正体が、そんな小さな男の子の霊だっていうの!? るい君」
動揺を隠せない瑠璃と美空。そんな二人に対し、るいはあくまで冷静に頷く。
「子供。特に幼い年頃の霊っていうのはね、良くも悪くも純粋無垢な存在なんだ。その幼さ故に、良いことと悪いことの区別がつかない。だから、たとえその行いが災厄を招くほどの悪行だったとしても、それがやってはいけない悪いことであると、理解していないことが多いんだ」
「なら、その少年霊も……」
「恐らく、本人は悪戯か、遊び感覚だろうね」
「そんな……」
美空は、それ以上言葉が出なかった。
遊び感覚で災厄を振り撒く、幼い少年の霊。
本来なら、両親や周囲の大人たちに諌められることで、その行為が悪行であることを学んでいくはずだった。
しかし今の彼には、それを諌め、理解させてくれる者は誰もいない。
もしこのまま、その意味を理解することなく災厄を振り撒き続けたら、その果てに待つのは――
「そんなに悲観しなくても大丈夫だよ、美空さん」
その言葉に、俯きかけていた美空が顔を上げる。
その先あったのは、初めて出会った時と変わらない、優しい笑みを浮かべたるいの姿。
「いったでしょう? 解決策ならあるって」
「一体、どうするの……?」
「さっきも話したけれど、幼い子供の霊は、良いことと悪いことの区別を理解していないことが多い。だから、厄の縁を振り撒くのは悪いことだと、その子に理解させれば良いんだ」
「つまり、親に代わってその子に説教をするってことかい?」
瑠璃の言葉に、るいが頷く。
「今、霊である彼の行動を諌めることは、誰にもできない。でも、幸い僕は霊と言葉を交わす力がある。流石に姿まで見ることはできないけれど、気配を探れば彼が何処にいるかもだいたいわかる。だから僕が直接会って、彼と話してくるよ」
「ええ?! るい君や、君はそんなこともできるのか!?」
「他にも色々ね。正直、るい君のことでいちいち驚いていたら、キリがないよ。瑠璃」
「ええ?!」
驚きの声とともに、今日一番のオーバーリアクションを見せる瑠璃に、るいは思わずクスリと笑う。
「それじゃあ、僕は明日早速その子に会ってくるよ」
「なら、 わたしもぜひ行きたい! 不思議な魅力を持つ君に、俄然興味が湧いたよ!」
「瑠璃はダメ! 危ないから!」
「えー! 良いじゃん、美空のケチ!」
「るい君は遊びに行くんじゃないんだからね! 瑠璃が行ったら、絶対邪魔にしかならないわよ」
「ガーン!!わたしは友から、そんな風に思われていたのか……!」
「あーもう! いちいちオーバーリアクションしなくて良いから!」
そういって、ガックリと肩を落とす瑠璃に、美空は呆れながらも、宥めるように頭を撫でるのだった。
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