AIが考えた最凶の将棋ゲーム

宇枝一夫

これで八大タイトル総ナメよ!

 ここは龍堂学園大学サークル棟。

 『ゲーム研究会』のプレートが貼られたドアの前には、


 長い黒髪に整った顔立ち。

 盛り上がる胸を包み込むブラがわずかに透けるカッターシャツと、お尻の線を包み込むタイトスカート。


 その二つのエッチな部位を隠すように白衣をまとう女子学生が立っていた。


 彼女は白衣をひるがえし、数十万円するノートPCを持つ手に力を込め、部室のドアを勢いよく開けた!


「《森本悟もりもとさとる》はいるかぁ~!?」


 女子学生の口調はその容姿に反して、少年のようであった。


「これはこれは《プログラム研究会の白根愛衣しらねあい》”様”、“モルモット”はこちらです」


「げっ!?」


 揉み手の部長の視線の先にはギャルゲーをプレイする男子学生、森本悟が顔を引きつらせていた。


「おお悟、新作ができたのでな、是非君に……」


 愛衣は悟の首根っこをつかむと有無を言わさずサークル棟内の談話室へと引きずり込み


「テストプレイをお願いしたい!」


”どん!!”とノートPCを机に置き、悟を椅子に座らせた。


 そして愛衣は悟の横へ座ると、白衣のボタンとカッターシャツの第三ボタンまで外して谷間をさらし、報酬の前払いとばかりになまめかしく脚を組む。


 男子の本能は視線を愛衣の胸元から太ももへ移動させ、鼻腔は女子の香りを堪能する。


(くっそ……毎回毎回……こんなので……)


「どうかしたのか? 顔が赤いぞ?」


 愛衣は唇の端をつり上がらせていた。


 談話室の学生から見たら両者は


”恋人以上肉体関係あり”


にみえるが、実際には


”マッドプログラマーとモルモット”


の関係であった……。


「……んで愛衣様よぉ、今日は何のゲームだ?」


 愛衣は悟に”様呼び”させているのである。


「ズバリ! 将棋ゲームだ!」


「”今回は”まともだな」


「論より証拠! 早速プレイしてくれたまえ!」


 ノートPCの画面にはごく普通の将棋盤が映し出され、《1一香》から順番に駒が並べられていく。


「このゲームはすごいぞ。なにせ歴代のタイトルホルダーの棋士データが入っていてな、”最凶”のAIへと進化しているのだ! はっはっはっは!」


「すげー! 鬼つえーってか! でも俺は将棋なんて爺ちゃんとやった程度だぞ?」


「今日はあくまでテストプレイだ。ちなみにAIの名前はデータ元の棋士の名字のアルファベットをとって


HH-WSM-OTINKエッチエッチ ダブルエスエム オチンK

だ!」


「ちょ待て! せめて未成年の棋士さんはアルファベットを”F”にしろよ!」


「もう一人”お”の棋士がいれば完璧だったんだが……」


「いなくて正解だったぜ……ん? 俺のマス目、駒が並ばないぞ」


「いや、調子に乗ってプレイヤー用にもAIを作ってな、最適な駒を選んでいるのだよ」


「駒を選ぶって、将棋の駒って決まっているんじゃ……?」


 やがて《1七》から《9七》まで、九つの《王将》が並び始めた!


「なんだよこれはぁ!?」


「見よ! 綺羅星のごとく並ぶ九つの王将を!」


「こんな将棋見たくねぇよ!」


「落ち着け悟。相手は最凶のAI、『HH-WSM-OTINKエッチエッチ ダブルエスエム オチンK』……」


「名前はもう言うな」


「通常のゲームプレイヤーは強くてもせいぜいアマの段持ち。そこで《1七》から《9七》を違う駒に変えるようプログラムしたのだ。本当なら布陣も変えたかったのだが……」


 そして飛車、角等が順番に置かれる。


「後は普通だな。んじゃ王将のマスは何が……?」


 最後、《5九》には《歩》が一枚置かれた。


「こんな将棋があるかぁ~!」


「もしかしたらこの歩は幼き王子かもな。こんな幼子を戦場へ駆り出すと知った九つの国の王が義憤に駆られて参戦したのだろう……」


「そんな背景なんざいらねえよ。王様ならてめぇの国の軍隊を、てか《1七》から《9七》まで角や飛車の方が……」


「そうはいかん、ゲームは対等な条件でプレイするモノ。両者の駒の《移動マス》は同じでなくてはな」


「移動マス?」


「そうだ。5五のマスに駒を置き、そこを基準とすると


歩は《前1》x9=前9

角は、斜め前8、斜め後ろ8

飛車は、前8後ろ8

ちなみに香車だけは1九、9九の位置で《前8》x2=前16

桂馬は《前2斜め前2》x2=前4斜め前4

銀は《前1斜め前2斜め後ろ2》x2=前2斜め前4斜め後ろ4

金は《前1斜め前2横2後ろ1》x2=前2斜め前4横4後ろ2

王将は前1斜め前2横2斜め後ろ2後ろ1


とな。これをすべて合計すると

《前32、斜め前32、横17、斜め後ろ14、後11》

が両者に与えられた移動マスだ。これを各駒に振り分けるのさ」


「おお~!」

 悟は思わず拍手し、愛衣は”えっへん!”とばかりに胸を揺らす。


「でもよ、歩を王に変えたら、移動マスが足りなくね?」

「もちろん他の駒から少しずつ削ってある」


「ちなみに俺は相手の王将を取ればいいけど、相手の勝利条件は?」

「ふむ……AIによると九つの王将全部と《9五》の歩を取れば相手の勝ちだ」


「とりあえずやってみるか」


 マウスを手に持ち、綺羅星のごとく並ぶ王将の上にカーソルを走らせると……。


『先陣は武人の誇り!』

『いざ参ろうぞ戦場いくさばへ!』


 スピーカーから野太い音声が流れてきた。


「お! いいねいいね! それじゃ俺が先手だから……」


 ある王将にクリックし、前のマスへ進ませようとすると


『本当にそれでいいのか?』


「ん? ああ、AIが悪手あくしゅを教えてくれたのか。じゃあこっちを……」


『まだわれ出陣でる幕ではない!』

『もう一度よく考えるのじゃ』

『最後の決戦は拙者に任せろ!』


「……ヲイ、ひょっとしてこの王将たち、揃いも揃ってチキンなんじゃねぇのか?」

「ふむ、まぁ誰しも最初に死ぬのはいやだからな」

「これじゃあゲームにならねえよ!」


 とりあえず後退なら駒が動くため、王将たちを後ろへ下がらせる。

 そうこうするうちに敵AIの歩が迫ってくる。


「せめて相手の歩を取って攻めの手を増やさねぇと……頼むぜ飛車、角。お前達だけが頼りだ!」


 さすがに王将が九つあるため、いくら伝説の棋士を元にしたAIでも攻めあぐんでいた。

 そして角の斜め前、《6六》に歩が来ると


「もらった!」


 角を動かそうとするが、一マス分しか動けなかった。


「なんだよこれ!?」

「言っただろ? 他の駒の移動マスを王将へ振ったと……」

「足を引っ張る王様たちだな。って、王将だから斜め前にも動けるんだったな。よっと」


 悟は歩を一枚ゲットした。


『ふん! こんな雑兵ぞうひょうでは功を誇れぬわ』


「けっ! さっきまでチキンだったくせに!」


『なんだとぉ!』


「ちょ? なんで俺の声に反応して?」


「ああ、音声によるヴァーチャルアシストだ。声で棋譜を読めば駒を動かすことができるのだ」


「そうか? あきらかに俺の悪口に反応したような……」


『……貴様こそ、そこにいる想い人に告白できぬヘタレのくせに』


「う、うるせぇ!」

「そうなのか悟?」

「さ、さぁ~て、なんのことかな?」


 そして最初の王将が取られる。


”ドシュドシュ!”

『ぐうわぁぁぁ~!』


 切り刻まれる音と断末魔の叫びが響き、画面が血に染まった。


「……スプラッターだな。気分悪いから音声は切るぞ」


 次のAIの手になると画面に赤字で『長考中』と表示された。


「なんだこれ?」


「さすがに変則ルールだからな。各人格同士がひたいを合わせて……」


「へぇ~伝説の棋士と現役最強の棋士が相談しているのか。将棋ファンにはたまらない光景だぜ」


「誰の手で指すか、マウント合戦を繰り広げている」


「なんじゃそりゃ?」


「学歴から身長体重、髪の毛の多さから抱いた女性の数(推定)をステータスにしてな」


「せめて取ったタイトル数とか在位期間でマウント取ってくれよ……」


 今のうちにと悟は相手の歩を取るが、体勢を立て直した敵AIは無情にも悟の王将を狩っていく。


「あれ? 相手の持ち駒に王将たちが無いぞ?」


「ああ、それか。音声をオンにし、ログを巻き戻せばわかるぞ」


 言われたとおりにすると……。


『生きて捕虜の辱めは受けぬ!』

『かつての味方に剣を向けることなぞ!』

『皆の者! 我の屍を超えてゆけぇ!』


”ドシュドシュドシュ!”


「……」

「どうやら自害したらしいな」

「まぁなんだ。天晴れとだけ言っとくぜ。って、駒がやばいな。持ち駒の歩を使うか」


 駒台に置かれた歩をクリックすると、


「なぁ!?」


 愛衣の私服自撮り写真が、画面一杯に写し出された。


「ただの将棋ゲームじゃ差別化できぬ。悟がよくやるギャルゲーのご褒美画面みたいなものだ」


「ちょ、ちょっと待て! じゃあ、他の駒には……」


「もちろん駒の格が上がるほど、“エッチ”度は増していく……って、悟?」


 悟の体から桃色のオーラが湧き出してきた。


『……愛衣よ。どうやらギャルゲーマスターの俺を本気にさせたみたいだな』


「ハハ……どうしたのだ? ま、まさか私の、エ、エッチな写真を、そ、そんなに見たいのか?」


「勘違いするんじゃねぇ。ギャルゲーマスターはどんなキャラであれ、ご褒美画面を見るためだけにゲームをするんだ。いくぜ最凶のAI、『HH-WSM-OTINKエッチエッチ ダブルエスエム オチンK』!!」


 ……しかし悟の駒はすべて奪われ、画面には『投了』の文字が写し出されていた。


 魂を吐き出して突っ伏している悟に向かって、頬を染めた愛衣の口が開く。


「ま、まぁそんなに私の写真が見たいのなら、あとでインストールディスクを貸してあげよう。ちなみに普通の将棋モードもある。超初心者モードなら悟でも何とか勝てると思うぞ。ち、ちなみに……」


「……?」


「できれば……いや絶対、悟一人でプレイして欲しいんだ」


 ― 悟の自室 ―


 ティッシュを準備し超初心者モードで普通の将棋をプレイし始めた悟は、順調に歩を取りクリックする。


「アイツの私服姿って結構かわいい……いかんいかん! 今の俺はギャルゲーマスターだ!」

 

 そしてやっとこさ桂馬をゲットした。


「桂馬ならどれくらいエッチかなぁ~? パンチラか? 水着かなぁ~?」


 鼻息荒くして桂馬をクリックすると文字が表示された。


『この画像を見たければ、白根愛衣様にレアスィーツ《プリプリジャンボプリン》を一ヶ月間献上しなさい』 


「ふざけるなぁ~!」


 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AIが考えた最凶の将棋ゲーム 宇枝一夫 @kazuoueda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ