第53話 保健室の王子様

 姫の言葉通り。

 ロミオット王子は、かなりのイケメンだった。

 イケメン…………というより、美形という方がしっくりくる。

 半魚人的な美形ではない。

 人間のわたしから見ても、文句なしの美形だ。


 そもそも。

 ロミオット王子は、半魚王子じゃなかった。


 ロミオット王子は、人魚王子だったのだ。


 無駄にクルクルしすぎていない、ほどよくウェーブのかかった金髪。

 瞳の色は、青か緑。もっと近寄らないと、よく分からない。

 貝殻ビキニとか、ヒトデシールみたいなので胸を隠しせず、ちゃんと服を着ているのは、わたし的にはポイントが高かった。だって、そんなの見たくない。いくら美形とはいえ、野郎のそんなのは見たくない。ちなみにもちろん上半身だけだ。まあ、下半身は魚だからね。

 下半身が魚なのは、わたし的にはすべてを台無しにするマイナスポイントだけど、それは人魚なんだから仕方がないだろう。

ちなみに上着は。

 王子様っぽくもあり騎士の礼服っぽくもある、白と金を基調とした、お金がかかっていそうな服だった。


 ベルサイユ辺りに生息していそうな、赤い薔薇とかが似合う美形。

 なのに。

 黙っていても。

 一目見ただけで。

 残念な人なんだな、と分かった。


 正直言えば、王子に会うのは、あまり乗り気じゃなかった。

 会う前は、てっきり半魚王子だと思っていたし。

 鱗生物の男に会うのは、本当に心から気が進まなかった。

 でも、そうは言っても、あれだ。

 先に進むためには、イベントを進めるしかないわけで。

 秘薬をどうするかのかは、ひとまず保留にしておいて。

 とりあえず王子に会って、情報を仕入れることにしたのだ。


 王子がいるという保健室の場所は、分かっていた。

 音楽室に来る途中で、保健室のプレートを見かけたからだ。

 音楽室と同じ校舎の一階に、保健室はある。

 気は進まないけれど、圭太君のためには地下迷宮攻略を急がなくてはならない。

 嫌々ながらも、自らを叱咤して保健室へと急行した。


 圭太君のためなら、鱗生物にだって会ってみせる!

 そんな決意と共に、一応ノックして。


「勇者でーす。入りまーす」


 でも、返事を聞く前に、雑な一声と共に入室した。

 ぬめっとした声で返事をされたら、回れ右したくなると分かっていたからだ。

 つまり、圭太君のために、自ら退路を断ったのだ。

 うーん、わたしってば乙女の鑑。


 幸い、鍵はかかっていなかった。

 でも、入ってすぐに後悔した。

 もう、その時点で、ハンギョリーナ姫の恋心に一ミリも共感できないことが分かった。


 保健室は、もはや保健室ではなかった。

 かつての名残といえば、壁際に残された薬品棚だけだ。

 保健室の必需品ともいえるベッドは、完全に取っ払われていた。

 代わりに、部屋の奥には。


 でっかい、水槽があった。

 水は、入っていないようだ。

 水槽の真ん中には、バスタブが置かれていた。

 外国の映画に出てきそうな、お洒落な形の脚付きのバスタブ。

 白い貝殻模様の、青いバスタブ。

 立ち昇る湯気とヒノキの香り。

 入浴剤入りなのだろうか?

 それにしても、なぜそのチョイス?

 湯船には、アヒルの代わりに魚のおもちゃがプカプカしている。

 

 美形人魚ロミオット王子は、湯船にゆったりと横たわって、魚のおもちゃをツンツンしていた。

 薔薇の花を口にくわえるようなキザな男は好きじゃないけれど、いっそ薔薇でも加えていて欲しいと思った。

 

 ロミオット王子は、海藻を咥えていたのだ。

 水中にいるわけでもないのに、長い海藻の両端は、垂れさがったりせずにユラユラと揺らめいている。

 糸で吊るされているのだ。

 海藻の両端から、糸が上に伸びている。

 糸は、長細い棒の端に括りつけられていた。

 王子の脇に控えている二人の人魚が、棒の端を持っている。

 一本ずつ。糸がついていない方の端を。

 それで、いかにも海藻が水中で蠢いているかのように操っているのだ。


 何のためにしていることなのかは、まったく分からない。


 二人とも、男の人魚だった。

 本物の騎士っぽい精悍な顔つきの人魚と、王子の身の回りの世話が専門っぽい可愛い系男子人魚。

 可愛い系は、ちょっと好みのタイプだけど、心を揺るがせたりはしない。

 仕事だから仕方なく、嫌々やっている風だったら、問答無用で王子を成敗して解放してあげるところなんだけれど。

 お付きの人魚は二人とも、その役目を心から楽しんでいるようだった。


 …………………………………………………………。


 ねえ。

 なんなの、これ?


 誰か、分かるように説明…………いや。

 分かっちゃったら、むしろ終わりな気がするな……。

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