お笑いを知りたいヒトの話

御影イズミ

どうしたら笑えるのかな


 とある日の九重市。

 異世界の神でもあるレイ・ウォールが居を構える家の中、ユーストゥス・ディー・ウォールがソファに座ってテレビを眺めていた。

 流れる番組はお笑い番組。ところどころテレビの中から笑いの声が上がるものの、ユーストゥスの表情は頑なに動かなかった。


 というのも、ユーストゥスは生まれてこの方、表情で笑ったことが一度もない。

 言葉もあまり発することがなく、全ての表情と言葉は手に持っているスケッチブックで描き表してきた。故に、顔で笑うということもよくわからない。

 けれど、心の底から『笑ってみたい』と思ったのは……自分より先に誕生していた男、ディートリヒのおかげ。いつしか彼のように大きく笑ってみたいと、特訓を開始したのだ。


 必死にお笑い番組を見て勉強をするユーストゥス。そんな彼の後ろを通りがかったアニチェート・ヘル・ウォールが様子を見て首を傾げていた。


「何見てるんだ、ユウ」

「……」 (。・ω・。o[お笑い番組]o

「お笑いぃ? お前が? 顔で笑えないのに?」

「……!」 (。・ω・。o[笑う特訓!]o

「特訓ねぇ……」


 珍しいこともあるもんだ、とアニチェートは考えた。

 だが、面白いものが見れるかもしれないなとも考えたアニチェートは、どうやらユーストゥスに付き合ってあげることにしたようで、ソファの隣に座って同じ番組を見始めた。


 漫才師によるコント、噺家による大喜利などなど様々なお笑い番組を見てきたユーストゥスの表情は真顔を貫いたままだ。笑える場面になったら、スケッチブックに顔文字を見せて笑っているよ、ということだけは示している。

 それに対しアニチェートの声は家の中を通るほどによく笑い、顔もいい笑顔。本来のヒトの形であれば、このように笑うのだというお手本がそこにあった。


「いやぁ、おもしれぇなぁやっぱ。近年のネタを使った大喜利、なかなかに好きだぜ俺は」

「……」(。・ω・。o[俺は漫才も好きかな]o

「お、そうか? 面白かったのあるか?」

「……」(。・ω・。o[2つ前の人達が好きかなー]o

「そうかそうか。……で、顔で笑えたか?」

「……」


 ごめんなさい、と言いたげにユーストゥスは首を横に振る。沢山、沢山、スケッチブックでは笑ったことを示したけれど、顔で笑うことは出来なかったよと言葉を残すと……彼は顔を俯かせた。

 そんな彼に対し、アニチェートは顔を上げさせて両手でユーストゥスの頬を引っ張る。無理矢理に笑わせるような動きにユーストゥスは慌てていたが、なぜだか、一瞬だけ『笑う表情』が出来たような気がした。


「……??」


 今の感覚が『笑う』という表情なのか?

 それとも、アニチェートに無理矢理作らされたから出来たものなのか?

 あるいは、表情筋が『笑う』ということを覚えたのか?


 ――確かめたい。

 そう考えると、ユーストゥスはもう一度、録画しておいたお笑い番組を見始める。


 何度も何度も見ているお笑い番組。目の前で繰り広げられるお笑いネタは、何度も見ても面白いものだ。

 けれど、今は違う。表情で笑うということを覚えた彼は、いつもの、大好きなネタを見ると――。


「……お、笑えたじゃねえか」


 アニチェートは小さく笑う。

 その横顔に出来た小さな笑顔が、お笑い番組に反応していたことに。

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