4/7 上靴が宙を舞う

あー、6月は雨の前の日は暖かいけど。

雨の後は寒いなぁ。

そんな事を思いつつ、田代仁美、28歳。

公立小学校の保健室の先生(養護教諭)はパソコンと格闘をしていた。


しかし、2時間目と3時間目の20分間のチャイムを知らせる音に立ち上がると伸びをする。

文部科学省が身長体重、視力検査、聴力検査、内科検診、耳鼻科検診、歯科検診、眼科健診と日本の学校に通った事があるだろう人が学校で受けた事のある学年の始まる春に受けた事のある健康診断は6月30日までに実施することと決めており。

結果は2週間以内に小学生の場合、保護者に通知をしなければならないという知られざる決まりがあり。


今年は5月26日までに全ての健診を終わらせ、通知も発行済み。

6月9日の今日から少しの間、のんびり働く時となる。

そして、今年の梅雨入りはまだだが。ここ2日、雨が降る事が多かったのに・・・。

今日は晴天。

保健室の目の前に広がる運動場では、子ども達が鬼ごっこをしたり。縄跳びをしたり。花一匁をしたり。

思い思いの時間を過ごしていた。

「久々の晴れだー!」

「やったー!!!」

そっか。

子供にとっての2日は久々なんだ。

大人になってから子供の頃に感じていた1日は一瞬で過ぎ去り、1年なんて右向いて左を向いたら終わってしまう気持ちだった。

保健室の窓を全開にして、楽しげに遊ぶその様子を見る。

「明日は晴れかな?雨かな?」

右の方からそんな5年1組の酒井瑠奈の声にチラリと右側をみる。

すると酒井達、5年1組の女の子、仲良しグループ5人が体育終わりなのか、体操服で体育館から教室に向かってぞろぞろ歩いている所だった。

あのグループは中々活発な運動大好き女子っという感じで、体育終わりであるがあまり疲れていない様子。

「私、調べた方法知ってる!こうやって靴を少し脱いでっと。明日天気になぁ~あれ!って靴を・・・」

真広優香は酒井に応える。

懐かしい。

私も子供の頃。

確か、幼稚園生くらいの時に母に教えてもらってやったっけ?

そんなことを思いつつ見ていたのだが。

「ぎゃぁぁぁ」

「まーじーかー!」

靴が近くにあった飼育小屋の上に乗ったのだ。

「おい、おい。狙ってやってるんじゃないことは、見てたから分かるけど。誰かに当たったらどうするの」

「田代先生っごめんなさい」

靴を投げた真広優香はガーンっと効果音でもなりそうな、悲惨そうな顔立ち謝る。

「はいはい。ちょっと待ってね」

保健室から出ると、保健室内で履いていたナースシューズから外靴である運動靴に履き替える。

「すみませーん!子供が飼育小屋の途端屋根の上に靴を上げちゃったので、ハシゴかりますね」

用務員の塚田さん声をかけると、用務員倉庫の前にちょうど出ていた梯子を担ぎ飼育小屋の前に行く。

「先生っ何してるん?」

「え?登ん?」

保健室の先生が梯子を持って、飼育小屋の腕に登ろうとしてたらそりゃ注目を集めるよね。

「真広さん。梯子を抑えててね?皆も梯子を触らないでね?保健室の先生が怪我をしたって。誰も手当してくれないんだから」

学校で凄く子供を手当するのはもちろんな事、なぜか勤務する大人も保健室に来て手当を求める。

大人に至っては、怖いおばちゃん保健室の先生で無い場合に限ると条件付きではあるが。

「田代先生っ。何してるんですか」

声をかけてきたのは、5年1組の担任。

「靴を放り投げるお天気占いを真広さんがしたら、靴が見事に飼育小屋の上に乗ったんです。あ、結果は雨でした」

靴を飼育小屋の上から回収する時にしっかり確認し、真広に靴を渡しながら伝える。

「「ありがとうございます」」

担任と真広は2人揃って頭を下げる。

「か弱い頭が無茶をしないでくださいよ」

「ありがとうございます」

パタパタと用務員の塚田さんは走ってやってくると、梯子を戻そうとする仁美から梯子を受け取る。

「片付けはしておきますね」

「ありがとうございます」


そんな事があった翌日。

見事に雨が朝から、現時刻である19時30分まで降り続いていた。

「こんな事があったんですが。靴のお天気占いって当たるんですかね?」

立ち飲み屋・喋ろ場に来ていた仁美はマスターと常連客の淳君に話す。

「その5年生の女の子、良い天気予報士だね。明日、競馬に行くから占ってもらえば良かった」

淳君はもう少し早くその子の存在を聞いていたら、今日、仁美ちゃんに頼んでいたのにっと悔しそうに軽くカウンターテーブルを叩くふりをする。

「マスター。雨に合うお酒ありますか?」

「あるよ。これ、雨のしらべ。金沢の純米吟醸で、カルパッチョによく合う甘味と酸味がある日本酒」

紺色のラベルの雨と大きく書かれたお酒が出てくる。

「じゃあ、それください。後、カルパッチョ」

「保健室の先生も、脚立担いで。脚立乗るんだね」

マスターのツッコミにもちろんっと答える。

「保健室の先生といえど、大人であり、先生。脚立を担ぐし、脚立に乗るし。男も女とあまり関係ない業者だからね。スカート履いて、白衣着て、若くて可愛い保健の先生なんて。ドラマか、私立の学校とか、高校とかだけですよ。公立小学校の、保健室の先生は9割がズボンで。体育会系のことをするし、させられてます」

「若くて可愛いっは。仁美ちゃん、当てはまってるね」

「ありがとう。淳君」

褒められ上手はお礼上手は。

可愛いねと言われたら、素直にありがとうっと答える。

そんなことないですっとかは、合コンとかの場合だけ。

お礼の方が、言った方も言われた方も気持ちがいい。

「僕の小学校の時の保健の先生。おばちゃんやったなぁ」

「淳君。仁美もそのうち、おばちゃんになります。淳君の小学校の時の保健室の先生にも娘時代があったように」


肩をすくめると、もっこりにマスターが継いでくれた日本酒を飲みつつ。カルパッチョを摘んだ。

美味しいお酒と美味しい肴。

仕事であったことを聞いてくれる人。

幸せだなぁ。

雨の音を聞きながら、幸せを噛み締めた。

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