睡眠不足

 それから1か月。らろあは配信が終わってから、ほとんど毎日私をゲームに誘った。毎日同じゲームを何時間もプレイしていればいくらゲーム慣れしていない私でも上達する。3週間が経つ頃には、らろあのプレイにまともについていけるようになった。


 紬が心配していたようなトラブルもなく、「厄介ちゃん」のアカウントを使うこともなく、ただゲーム友達として彼と毎日数時間通話する。さすがに私も彼との通話に慣れて、話すのに全く緊張しなくなった。配信者とリスナーと呼べる関係とは少し変わってしまったかもしれない。


 22時から配信を見て、配信が終わる24時頃から2人でゲームをし始めて、それが深夜2時ごろに終わるというルーティンが出来上がってしまった。そんな生活を1か月も続けていると、徐々に体に疲れがたまる。朝起きられない日や、授業中に居眠りしてしまう時間が増えた。



「渚、起きな」



 肩を揺さぶられて、ハッと目を覚ます。さっき授業を聞き始めたと思っていたのに、辺りを見回すともうみんな帰るために席を立ち始めていた。



「90分まるまる寝てたねえ、疲れてるの?」



 茉優は私のプリントをまとめてくれている。ごめん、と言いながらそれを受け取った。



「いや……まあ、ちょっと」



「らろあって人とゲームしてんの、まだ続いてんの?」



 渚が自分のリュックを背負って席を立つ。私も茉優から受け取ったプリントをリュックに詰め、慌てて背負う。



「続いてるっていうか……毎日っていうか……」



 そう言うと、2人はそろって毎日!?と驚いた。やっぱり異常だったのだ。私も最初の1週間くらいは疑問だったけれど、今はそういうものだと思っている。



「いや、毎日って……。向こう社会人なんでしょ、仕事は?」



「仕事朝遅めらしくて、夜は多少遅く起きてても大丈夫みたいで……」



 渚が呆れているのか驚いているのか、ああ、と気の抜けた相槌を打った。



「でも、でもそれじゃ渚ちゃんが大丈夫じゃないじゃん! 疲れちゃってるし!」



 茉優が心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗き込む。その目にはくっきりと隈のある顔が映っていることだろう。



「大丈夫、なんとか、学校には来てるしね」



 そう言ってごまかすように笑えば、茉優に厳しい目でダメだよ、と怒られた。普段から怒り慣れていないから、なんだかそういう顔をしたマスコットのように見える。



「ほんと、ちゃんと寝なね。睡眠不足は人をダメにするんだから」



 紬はそう言って、ブラックだった自分のバイト先の話を始めた。普段だったら止めるけれど、今は話の矛先が変わってありがたい。


 2人から心配される生活を送っている自覚はある。けれど、やめられなかった。毎晩誘ってくるらろあを断れない。でも悪いのは彼ではなく、断ったらもう彼が誘ってくれなくなるのではないかと怯えている自分だ。


 けれど、最近寝不足で少しずつつらくなってきた。授業に集中できないし、そろそろ1度断ってきちんと眠った方がいいかもしれない。


 そう思っていたのに、今日もやっぱり断れなかった。配信後、『やろ』の一言に、私も『いいよ』とだけ返す。彼から通話がかかってくる前に、PCとゲームを立ち上げる。


 ゲームを始めてしばらくはキーボードとマウスでプレイしていたけれど、段々やりづらくなってらろあとおそろいのコントローラーを買った。最初は違和感があったそれも、今ではすっかり慣れた。


ちょうどセッティングが完了したタイミングで彼から通話がかかってくる。応答ボタンを押して、はーいと軽く挨拶をした。



『あーい、いける?』



「いけるよー」



 ゲーム内でチームに招待され、てきぱきと戦闘画面に移行する。もはやらろあから指示はされないし、何かを教えられるタイミングもずいぶん減った。


 最初はゲームに慣れることに必死だったけれど、今はプレイの合間に雑談すらできるようになった。彼と他愛もない話をするのが楽しいこともあって、今の生活がやめられない。



『あ、あれあったらちょうだい』



「おけー」



 ゲーム画面はせわしなく動く。1か月前の私が見たら信じられない光景だろうなと思った。

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