第55話 決着
今だ!
叶恵の全身が、脊髄反射のレベルで反応した。
完璧なブーストタイミング。
完璧な関節同時駆動。
完璧な狙い。
叶恵の、最後の相対突きが発動する。
リーチは叶恵のライフルの方が圧倒的に長い。
心美の銃剣の切っ先よりも、叶恵の水平に突きだされた切っ先が心美の腹部に到達するだろう。
「ふふん」
互いに最高速度で、それも相手から見れば突然迫り合う状況。
学園一の反応力を持つ叶恵ならではの必殺奥義を、こともあろうに心美は僅かに身を左にひねることでかわした。
最小限の動き、それこそマタドール顔負けの回避技術だった。
動体視力と、反射神経なら確実に叶恵のが上だ。
でも近接戦闘は反応力だけで決まるわけではない。
心美はもちまえの経験と俊敏性、叶恵には及ばないが高い反応力、と先読み、つまりは、純然たる実力差で叶恵の奥義をかわしたのだ。
強い。
それもおそろしく。
だがだ。
「?」
心美は、一瞬自分に起こった事が解らないだろう。
確認だが、叶恵は銃剣を水平に寝かせて突きだした。
銃剣の剣と銃口は縦に並んでいるため、寝かせると横に並ぶ。
叶恵から見て、刀身は左側、銃口は右側にある。
そして突きだす時、やや左に重心を逸らして突いていた。
心美は反射的に、叶恵から見て右に体をひねる。
よって刀身は心美の右わきばらをかすめるが、それを目で見た叶恵は、銃剣を右に振るった。
刀身の反対側の刃が心美の脇腹に押し当てられる。だが高周波ブレードといえど押し当てただけで電離分子装甲は破れない。
意味の無い行動だったが、この状況はつまり、銃口が心美の腹に押し当てられている事でもあった。
「!?」
普通なら有り得ないだろう。全速力の突きは本人でも目で捉えにくい。
それを、銃口を押しつけると同時に引き金を引くのだから。
ダダダダダダダッ!
零距離からタングステン弾が連続発射。
先頭のタングステン弾が心美を後方へ押し込みながら電離分子装甲を散らせる。続くタングステン弾が至近距離から装甲の穴に殺到した。
観客の誰もが息を止める中、心美の小さな体は真後ろに飛ばされ、地上へ落下した。
心美のファミリアオレンジが地面に叩きつけられる。
試合終了のブザーが、俺達の耳を突いた。
『し……試合終了! 一年二組代表! 藤林叶恵選手の優勝です!』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼』
「YES♪ 流石カナエデース♪」
俺の横で、アメリアが両手をあげて大喜びする。
天井から紙吹雪の映像が投射され、勝利のファンファーレが鳴り響く。
観客全員が立ち上がり、惜しみない拍手を送った。
「……叶恵ちゃん、今のは?」
「射撃武器は、相手との距離が近ければ近い程、威力が高くなります。なら、銃は零距離で使うのが一番効率がいい。これが朝更があたしに教えてくれた、あたしの三つ目の奥義『零距離バスター』です!」
相対突きからの繋げ技。
刀身が相手に刺さり固定した銃で敵を至近距離から撃つ。刀身の切っ先がはずれても、銃口さえ相手を向いていれば撃つ。
考えかたは心美の銃剣術と同じだ。見ての通り、心美はハンドガンを至近距離で戦う格闘武装として使っている。
「朝更♪」
俺に向かって飛行しようとする叶恵を、俺は手で制する。観客を指で指すと、叶恵は目を見張った。
『かっなっえっ! かっなっえっ! かっなっえっ! かっなっえっ! かっなっえっ! かっなっえっ! かっなっえっ! かっなっえっ! かっなっえっ! かっなっえっ!』
今まで叶恵の戦いを楽しんで見てくれた人達。
叶恵の勝利を祝福してくれる人達だ。
叶恵は、プラズマ・ウォールに守られた観客席ギリギリまで近づいて旋回飛行。
それからバトルフィールドの中央に戻って、みんなに両手を振った。
「ありがとう♪ みんなありがとう♪」
希望と光に満ち溢れた瞳で夢をみつめ、その足で立って走る叶恵。
これで、まずは東京大会への切符を手に入れた。
東京大会までは二カ月。
その間にどれほど叶恵を伸ばせるか。
叶恵が、地上の心美に近寄ったのはその時だ。
「会長、会長はもしかしてわざと」
「そんなわけないさ。確かにボクは、君がこの試合の前にどんな事があったのか気付いてしまった。それはボクの不徳のいたすところで、ボクが反省するところさ。でも、だからってわざと負けて東京大会行きを譲るなんて失礼なことはしない。最後の銃剣格闘戦、ボクは確かに全身全霊だった。誇っていいよ。この東京最強のボクと、全力の銃剣格闘戦をやって叶恵ちゃんは勝ったんだからさ♪ さ、にぱーっと笑ってファンサービスだよ♪」
「はい、でも」
得心を得たように頷き、叶恵は心美の手を引いて上昇する。
その様子に、観客はますますヒートアップする。
手を握り合い、観客の前で両手を上げる叶恵と心美。
二人の戦乙女の友情に、俺も拍手を送った。
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