第22話 両手に花デート
「ほい、クレープお待たせ」
俺は広場のクレープ屋で、店員のお姉さんからクレープを受け取る。
叶恵にはブルーベリー味、アメリアにはクリームチーズベリー味を渡す。
俺は無難にチョコレート味だ。
「日本のクレープもおいしいデスネ」
「それはどうも、叶恵はどうだ?」
「おいしいわよ……あ、朝更も食べる?」
叶恵にクレープを突き出されて、俺は一口かじった。
「サンキュ♪」
「~~っ」
「どうした叶恵、顔赤いぞ」
「あ、暑いのよ」
「まだ四月だぞ」
「あ、暑がりなのよあたし! それより朝更のも一口ちょうだい」
「ほい」
叶恵の頬の赤みが、顔全体に広がっていく。
俺のクレープを穴が空くほど見つめて、小さな口で、かぷ、とついばむみたいにして食べた。
「あれ? 左側ならまだ俺口つけてないのに」
俺はまずクレープの右側をかじり取ったので、左側は綺麗なままだ。
「あ、本当だわ、気付かなかった……」
「おいおいなんだよそれ」
俺は自分のクレープをかじりながら笑い、何故か叶恵は耳まで真っ赤にしながら、はわはわと口を動かした。
「アサラ、ワタシのも食べるデスネ♪」
「おーなんか悪いな」
アメリアは口にクレープを含むと、そのまま俺に人工呼吸でもするようにして口を押し当てて来た。
「~~~~~~!!?」
「ン~♪ ンーンン~♪」
「イヤァアアアアア、朝更ぁ!」
俺とアメリアのまつ毛が触れ合う。アメリアの腕が俺の首に絡みつく。アメリアの胸が俺の胸板で押し潰れる。
俺の口内は、クレープとアメリアの舌で熱くかきまわされる。頭が熱い。
「フゥ」
俺の舌と口内を解放したアメリアは、俺の首に手を回し大きく見上げままとびきりのウィンクをを一つ。
「クリームチーズ・アメリアベリー味はどうデシタカ?」
「…………はっ、へ? えーっと」
正気を取り戻した俺は、必死にその感想を考える。
「何考えてんのよ朝更ー!」
「だ、だって」
「ひったくりよー!」
若い女性の悲鳴に俺らが首を回す。
こちらに向かって、一人の少女が茶色い財布を手に走っている。
何人かの通行人が捕まえようとするが、全員華麗にかわされている。
「へっへーんだ。あたしを捕まえたかったら軍事甲冑でも持ってくるんだね♪」
そう言って逃げる少女を見て、俺は叶恵達から離れ大股に五歩進む。
「そこのお兄さん危ないよ♪ あらよっと……お?」
少女が俺をかわそうとする刹那、俺はさらに一歩進んで距離を詰めながら彼女の足を払い、同時に彼女の後ろ腰に手を添える。
俺の腕を軸にして、鉄棒のように回る少女。
俺は彼女の重心を巧みに操り、彼女の前進エネルギーを殺しつつ、寸分たがわず同じ場所に立たせる。
少女からすると、全力疾走中に突然視界が空と地面を回り、気付けば足が止まっているのだから驚きだろう。
「……っ?」
体を凍り付かせた少女は俺の顔を見て、口角を痙攣させる。
俺の右手が優しく肩に乗ると、少女は思い出したように全身を震わせ汗を噴き出した。
「まだやるかい?」
少女はぺたん、とお尻を地面につけて、大きなみずたまりが広がっていく。
遠くからは、財布の持ち主であろう若い女性が子供を連れて小走りで来た。
「ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえいんですよ別に、それよりお嬢さんどうしました?」
見れば、女性の手を握る小さな女の子は涙ぐんでいて、両膝がちょっとすりむいている。
「このひったくりに驚いて転んじゃったみたいなんですけど……このひったくりなんで震えているんですか?」
「まぁちょっと、それよりお嬢ちゃん、君に聞きたい事があるんだけど」
「?」
俺の袖からナイフが飛び出して、俺は一瞬でナイフを次々ワープさせる。
手品師も裸足で逃げ出すナイフ捌きで、ナイフは俺の右手から左手に、袖から出たり服の裾から出たり、ナイフが生きているように俺の体の表面を走ったりする。
幼女が目を丸くして驚いていると、俺は突然飴玉を頭上に放り投げる。
落下する飴玉が俺の前を通り過ぎた瞬間、飴玉は真っ二つになり、姿を消した。
「あれ?」
「問題です、飴はどっちの手に入っている?」
俺が両手の拳を突き出すと、幼女は首を傾げる。
「二つになったから、両手?」
「答えは君のポケットにある」
幼女が不思議そうな顔で自分のスカートのポケットに手を入れると、そこから先程切ったはずの飴玉が出てきた。
「わぁ♪」
幼女の顔に笑顔が咲いた。
「すいません、ひったくりと聞いたのでありますが」
「この子です」
一人の若い婦警さんが走ってきて、俺は水たまりの上で震える少女を指した。
婦警さんは『ご協力感謝するであります』と言って、震える少女を連行する。
「さぁ、キリキリ歩くであります、あぁ、この台詞言いたかったでありますぅ」
俺はその背に向かって声を出す。
「あのやわらかい走りとバネ、一回転させられても財布を離さないメンタル。やることなくてお金に困っているなら、アメフトのランニングバック目指しなよ。東京なら品河レッドホースっていうプロチームが三の倍数月に一般人向けトライアウトしているからさ」
俺はLLGではなく、あえてメモ用紙に情報を書き込むと駆け寄り、ひったくり少女の胸ポケットにメモを押しこんだ。
その時、胸に触れてちょっと役得、ちょっと幸せだった。
ひったくり少女は何も言わず、でもメモを突き返さずに婦警さんと一緒に立ち去った。
「よし、じゃあ次はどこに、って、二人ともどうした?」
完全に額からハトをクルッポーさせる叶恵とアメリア。
二人はハトをひっこめてから、
「だからあんたどこの何者よ!」
「アサラはニンジャだったデスカ!?」
「軍神でリヴァイアサンで人間兵器の一人軍隊ではあるな。でも接近戦型の甲冑乗りなら素手でも強いだろ?」
二人の顔が言葉に詰まる。
「軍事甲冑は巨大ロボじゃなくてただのパワードスーツ。手足は装備者が動いた通りにしか動かないし運動スペックは機体に依存するからな。結局パワードスーツって言っても勝敗を分けるのは甲冑乗り本人の格闘射撃能力だ」
「ワタシ射撃検定準一級持ってるデスネ♪ 甲冑に乗って無くても射撃には自信あるデスヨ♪」
「そうそう、叶恵も確か剣道と薙刀道の初段持ってるんだろ?」
「持ってるわよ、中学の時に取ったやつ」
「まぁだから俺もお前にアレを使わせてるんだしな」
「アレ? アレとはなんデスカ?」
「学園トーナメントの必殺武器だよ。今はまだ秘密だけどな」
俺は、グッと親指を立てた。
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