第92話 神話へ挑む
伸二は神妙な面持ちで、重い口を開いた。
「デカイ奴に、正面から勝ちたいからだ……」
それが伸二の信念だった。
「ちょこまか動き回ってスピードでかきまわして逃げ回って、逃げて逃げて逃げ続けてチャンスがあった時にちょこちょこ殴って判定勝ちに持ちこむ。それじゃあ駄目だ。ミニマム級がヘビー級に勝つっていうのはそういうことじゃない」
伸二は歯を食いしばってから、声を張り上げる。
「ヘビー級の拳から一切逃げず真正面から正々堂々殴り合って勝つ。そうじゃないとインチキなんだよ!」
「ボクシングを侮辱するな!」
マイクの一喝で会場が静まり返った。
マイクは憎しみを込めた眼差しで伸二を睨みつける。
「回避が逃げか!? フットワークは卑怯か!? 違う! 回避は防御の一手段だ! 試合終盤で根競べになりノーガードで殴り続けることはある! だが試合開始から常にその状態で戦う理由は無い! 打たせずに打つ! 相手の攻撃を華麗にかわし、一方的に打ちのめす事は立派な技であり強さ! それを否定するならばボクサーをやめろ!」
「……っ!?」
言葉を失う伸二に、マイクは静かに言う。
「ファイトスタイルは選手それぞれだ。ヒットアンドウェイや特定のスタイルを悪く言うな。どんなスタイルだろうと、拳のみを使うならばそれは立派なボクサーだ。違うのか?」
「………………」
伸二は一度うつむいてから、、闘志みなぎる顔を上げた。
「ありがとうなマイク。礼を言うぜ、でも……あんたの勝ち、もうねぇから!」
「おもしろい!」
二人は一気に距離を詰めて、伸二がマイクの左ジャブをかわした。
マイクの猛攻。
だがストレートもジャブも喰らわない。
マイクの攻撃をフットワークでかわしてかわしてかわしまくって、一瞬でサイドへまわり横っ腹へ左ストレートを叩き込んだ。
「くっ」
すかさずマイクのジャブが来て、伸二は上体を逸らして回避。
最速のボクサーが集まるミニマム級。
そこで王者を務める伸二の動体視力、反射神経もまた、ボクシング界トップクラス。
当然、ボクサーとして身につけている、相手の肩の動きからパンチを予測する眼力もある。
マイクのパンチを全て事前に察知して、華麗な回避運動で避ける。
パワーはともかく、スピードなら伸二が完全に上なのだ。
もう伸二は迷わない。
マイクの殺人的な拳をかわし、弾き、防ぐ。
隙が見える度に、容赦なく打ちこむ。
五分以上、そんなことを続けた。
試合は長引いた。
今大会最長試合だろう。
マイクが打つ。
伸二がかわす。
伸二が打つ。
マイクが受ける。
圧倒的なリーチ差。
でも伸二は攻撃をかいくぐり距離を詰める。
圧倒的な体重差。
でも伸二は重い攻撃を回避してしまう。
勝敗はまだ解らない。
でも、会場の誰もが認識した。
ミニマム級でもヘビー級と戦える。
「フンッ!」
「ぐぁっ!」
マイクの左ジャブが伸二の顔面を打ち抜いた。
闘争は徒競走ではない。
スピードは伸二のが上だが、だからといって必ずかわせるわけではない。
その時の細かい状況、体勢、位置関係、マイクのほうが伸二より速く動く場合もあり得る。
あるいは、試合前半でマイクのパンチを幾度となく受け、幾度もダウンするほどのダメージと疲労が、伸二に決定的な隙をつくってしまったのかもしれない。
次の瞬間、マイクがダウンした。
マイクはすぐに立ち上がる。
それから、伸二が殴られながらもマイクのアゴに鋭い右ジャブを当てたのだと気付く。
マイクと伸二、両雄、譲らず。
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