第78話 忍術VSバリツ

『両者の戦いは互角! いや、蔵人選手が少し押しているかぁ!』


 半蔵と蔵人の高速パンチのラッシュが互いに相殺。


 続くハイキックのスネが空中衝突して相殺。


 半蔵の鋭利な水平手刀の手首をつかみ、蔵人は巧妙に半蔵の右腕をひねりながら引き倒した。


 前のめりに倒れる半蔵の顔面に膝蹴りを叩きこんで、浮いた半蔵のみぞおちに重い右ストレート。


 腹筋を固められて内臓には届かなかったが、半蔵は慌てて飛びのいて逃げた。


「いやはや強いですね半蔵さん。流石忍者です」

「…………」


 半蔵は言葉を持たない。


「決して皮肉ではありません。ですが、こう見えても私はイギリスNVTでは無敗のチャンピオン。ヨーロッパのEU・NVTでも有名な強豪選手をやらせてもらっています。自分で言うのもなんですが、ヨーロッパでは今大会の優勝候補として認識されています」


 蔵人は緩んだ手を前に構える。

 いつでも握りボクシングパンチも、開いてつかみ柔術の投げもできる絶妙な手だ。


「断言します。私は優勝する。半蔵さん、貴方は初戦からチャンピオンに当たった不運な選手として皆に記憶されるんです!」


 語気を強めて断言する蔵人。

 半蔵は相変わらず何も言わず、何も言わないまま跳んだ。

 空中胴回し蹴り。

 遥か高みから全体重と回転力と脚力を加えた強力な空中技だ。

 問題は距離。


 蔵人から四メートル以上も離れた位置から、無助走でワイヤーアクション並の華麗な空中運動で足を振り下ろす半蔵。


 その美技は、サーカス団員や体操選手が恐縮してしまう程の精度と勢いだった。


「!?」


 こいつは体の各部位にジェットでも積んでいるのか? 蔵人は驚愕しながら軽いフットワークで横にかわす。

 見事な技だが当たらなければどうという事は無い。


「ッ!?」


 半蔵の左肘打ちが蔵人の顔面を打ち抜いた。

 蔵人の体が背後へたたらを踏む。

 無理な体勢で空中からの肘打ち。

 さほどのダメージは無い筈だった。


 でも、問題なのはその肘打ちが寸分たがわず人中、鼻の下の急所で顔面の神経が集まる場所を的確に射ぬいた。


 あの平衡感覚を失いかねない過激な空中軌道の中落下しながらそんなことが、


「それが忍術かい?」


 距離を取りながら蔵人は警戒する。

 半蔵は何も言わず、無言のままに蔵人を観察、機械のような目で分析を続けていた。


「そうか、どうやら私は思わぬ強敵に会ったようですね、なら」


 蔵人の全身から尋常ではない闘志が溢れ、瞳の奥にマグマのような力の塊を煮えたぎらせる。


「三回戦への余力など考えず、全力でいきますよ」


 観客は騒然。

 今までのあの戦いが全力では無い。

 蔵人が加速。

 半蔵と距離を詰めて、再び拳を交える。

 半蔵の俊撃との打ち合い。

 半蔵の拳の多くをこちらの拳で撃墜。


 一〇発打ち合えば、半蔵の突きを二発は食らってしまう。でも、蔵人の拳は三発は通った。


 半蔵の後ろ回転蹴り、を、手で勢いを殺しつつ右わきに抱え込んで封殺。

 伸びきった半蔵の右膝に真横からショートフックを叩きこむ。

 忍者の武器であるスピードを封じる作戦だ。

 半蔵が左足で頭を狙って来る。


 蔵人は頭を低くしてかわしたが、鋭利な刃物でなでられたように金髪が数本切れた。


 二撃目を警戒して蔵人は半蔵の足を離す。

 こんどは蔵人の回し蹴り。半蔵は一歩進んで打点から回避、カウンターの左ジャブを顔面に打ちこんで来たので、蔵人はあごを引いて額で受け止めダメージを最小限に抑える。


 逆にその左ジャブを両手でつかみ取り、


『これは、一本背負いぃ!』


 半蔵を背中から綺麗に硬い床に叩き落とした。

 衝撃で半蔵の口から空気が一気に吐き出されて目を剥きだして硬直。

 間髪いれず半蔵の喉をカカトで踏み抜いた。


「審判!」


 宇佐美へジャッジを促す。でも宇佐美が一歩足を出しただけで半蔵は覚醒。

 跳び起きながら蔵人から二メートル離れた。


『凄い! 両者譲らす! バリツVS忍術! 互いに一歩も譲りません!』


 宇佐美が興奮して実況。

 観客からも惜しみない熱気が溢れだす。


「……まさか、喉を打ち抜いて起き上がる人間がいるとは思いませんでしたよ」


 蔵人ははっきりと驚いたような、呆れたような顔で苦笑した。


「でもね半蔵さん。私は負けるわけにはいかないんですよ。私は、何がなんでもチャンピオンにならないといけないのです。母の為にも」

「………………」


 答えず、でも攻める様子もない半蔵へ、蔵人はほほ笑む。


「喉の痛みが引くのを待って欲しいでしょう? 構いませんよ、その代わり、少し私の話を聞いてもらいます」


 言って、蔵人は構えたまま昔を思い出す。


「私の家は代々バリツを継承する家系でした。日系イギリス人の父は純粋なイギリス人だった母と結婚。母は金色の瞳に青い瞳を持った美しい女性です。母から受け継いだこの髪と瞳の色は気に入っています。だがイギリスは優しく無かった」


 蔵人の表情が曇る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る