第5話 混浴

「ふぅ…………」


 風呂の湯に浸かりながら、天城羅刹は天井を見上げる。


「一か月ぶりの風呂だな……」


 羅刹の脳内で、この一ヶ月のことが走馬灯のように駆け廻る。


 公園の葉っぱを食べて、栄養が無い事を知った。


 量のあるものが食べたいと段ボールを食べて、凄くまずいことを知った。


 アリを食べて、アリが甘酸っぱい事を知った、でも量が少なかった。


 野良犬を殺して食べようと思ったら、動物保護団体の人にリンチを受けた。自分は動物だけど保護対象にならないということを知った。


「ふふ、なかなかハードだったな。まっ、これで職にもありつけたし。さくっと代表選手になるかなっと、問題は十日でどこまで体重を戻せるかだよなぁ……」

「せっちゃーん、湯加減どお?」


 脱衣所から好美の声が聞こえる。


「おー、いい感じだぞぉ」

「じゃあ」


 ガラリと、脱衣所へのドアが開いた。

 バスタオルを巻いた好美が、頬を赤らめながら入って来た。


「何普通に入ってきてんだよお前!?」

「だ、だって、せっちゃんガリガリだし、もしもお風呂で気を失って死んだらどうしようってっ」


 好美の体は、バスタオル越しでも凹凸が解るほどメリハリがあった。

 中学の時から体の発育はひといちばい良かったが、高校に入って拍車がかかったように思えた。


「平気だから出てけよ!」

「餓死寸前だった人に発言権はありません! おじゃまします!」


 言って、好美は強引に湯船に入って来た。

 すぐ隣に好美が座って、羅刹はつい横目で好美の体を見てしまう。

 バスタオルで隠しきれない胸の深い谷間。

 見ただけで、やわらかそう、と思えて止まらない。


「えへへ、せっちゃん、昔はよくこうして一緒にお風呂に入ったよね」

「小学校三年生までな」

「うん……」


 会話が続かない。

 というよりも会話するべきなのか、と羅刹は自問した。


「せっちゃんの腕、随分細くなっちゃったね」


 いつのまにか好美が羅刹の体をじろじろと見ている。

 好美が右腕に抱きついて来て、細い腕が好美の豊満の胸に挟み込まれた。

 羅刹の鼻の奥に血の香りが充満した。

 ただでさえ餓死寸前まで追い詰められていたのに、失血で死にそうだ。


「せっちゃん、体洗ってあげるから上がって」


 好美が湯船が上がる瞬間、タオルの裾から、セクシーなヒップラインが見えて、羅刹の心臓が跳ね上がった。


「いや、俺今タオルしてないから……」


 好美が顔が、リンゴのように赤くなる。


「だ、大丈夫だよ! あたし、せっちゃんのなら大丈夫だから!」

「いや、俺が大丈夫じゃないんだけど……」


 羅刹がきまずそうにくちごもると、好美は自分の体に巻いていたタオルに手をかける。


「じゃあこれ巻けばっ」

「へいストップ!」


 好美の横っ腹を、左右からがっしりとホールドする。


「お前が脱いだら大変な事になっちゃうだろ!?」


 好美は目を丸くして、自分の体を見下ろした。


「え!? あ、ああそうだよね! ごめん、あたし何言ってんだろ、はは」

「お前、今日なんか変だぞ?」

「せせ、せっちゃんのせいでしょ! じゃああたしは後ろ向いているから、あたしに背中向けた状態でここ座って!」


 くるっと背中を向けられて、羅刹はしぶしぶ湯船から上がった。

 好美に背を向ける形で洗面器に座る。


「いいぞ」

「うん」


 やがて、首や背中が、タオルでこすられて気持ちよくなってくる。

 お風呂が一か月ぶりなら、石鹸で体を洗うのも一か月ぶりだ。

 さぞ垢が出ているだろうと思っていると、不意に背中をこする手が止まった。


「どうしたんだ好美? ぬがっ!?」


 背中に好美が抱きついてきた。

 バスタオル越しだが、大きくてやわらかくて、でも弾力のあるものが押し当てられているのが解る。


「せっちゃんの背中、ぺったんこ……」

「そうだな、お前の胸とは魔逆だな」

「せっちゃんのえっち……」

「お前にだけは言われたくない!」


 羅刹が声を大にすると、好美が刹那そうな声を上げる。


「……ごめんねせっちゃん。家の事、きづいてあげられなくて。でも信じて、あたしね、学校が終わったらいつもせっちゃんの事探していたんだよ」

「き、きにすんなよ。おまえは何も悪くないんだし」


 おしつけられたままの胸が気持ち良すぎて、羅刹の鼻の奥は血の匂いでいっぱいだ。

 貴重な栄養源が、鼻から失われていく。


「これからいっぱい食べてまた体重と筋肉戻すから心配すんなって。今は栄養不足で餓死寸前だけど、礼奈の奴が食わせてくれるらしいし」

「うん♪ じゃあせっちゃん、前も洗ってあげるね♪」


 なんて邪悪なことを言われて、羅刹は慌てた。


「いやいやいや、前はいいよ!」

「遠慮しないで」


 好美は前に回り込んできて、羅刹は足を閉じて前かがみになる。

 

 その時。

 先程、自分でタオルを脱ごうと引っ張ったせいだろう。


 ゆるんでいた好美のバスタオルがあっけなく落ちた。


 羅刹が一瞬で好美の腰を抑えた為、一番大切な部分は守られた。


 が、好美が持つ、メロン大の乳房が羅刹の前で跳ねはずんだ。


「はわわわわわっ! せっちゃんだめぇっ!」


 顔を耳まで真っ赤にして、自分の胸を抱き隠す好美。

 羅刹は自分の目を隠そうと、好美の腰から手を離して、好美の腰からバスタオルが落ちた。


「のぎゃああああああああああああああ!」

「イヤァアアアアアアアアアアアアアン!」


 栄養失調で餓死寸前の羅刹は、鼻から残る全栄養を噴き出させ、風呂場に真っ赤に染め上げて倒れた。

 天城羅刹 栄養失調にて死亡 享年一五歳。


「せっちゃあああああああああん!」

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