第3話 ハングリーボーイ

 礼奈と好美が石化する。

 二人は同時に思った。


 『そ、壮絶過ぎる!』

 と。


「で、でもよかったねせっちゃん。これでまた格闘技できるよ♪」

「だな。でもよ礼奈。世界大会って、俺がいきなり出られるものなのか?」

「大丈夫よ。うちは代表候補権持っているから」

「代表候補権?」


 聞いたのは好美だった。

 不思議そうに首を傾げる好美に、礼奈も首を傾げ返す。


「え? 貴方、羅刹の幼馴染よね? NVTの大会概要知らないの?」

「あたしせっちゃんのお父さんの試合をせっちゃんと一緒に見ていただけだから。ま、まぁ試合じゃなくて実際見ていたのはせっちゃんの横顔だけど……」


 好美の頬がぽっと赤く染まる。


「え? なんで俺の顔見てたんだ?」

「あっ、うそうそ、ちゃんと試合見てたよ、うん!」

「うっわ、わかりやす……」


 好美のバレバレの好意を見て、礼奈は言葉を失ってしまった。


「まぁいいわ。じゃあ好美、いえ、羅刹にも一応。大会について説明するわね」

「お嬢様、健康ビスケット持ってきました!」

「羅刹の横に置いて」


 タマちゃんがソファの横に箱を置くと、羅刹は三袋ほど取って好美の前に置く。

 それからすぐに残りの袋を次々開けて食べ始める。


「食べながら聞きなさい。まず世界大会の参加者は……ごめん姉さん、なんだっけ?」


 申し訳なさそうに姉を見上げる礼奈。

 華奈は気にした様子もなく、品のある顔で羅刹と視線を交えた。


「ごめんなさい。妹のいままでNVTとは無縁の生活をしてきたの。ここから先は社長である私が説明しますわ。まず世界中の国から代表候補者が二五人選ばれます。本来はこの代表候補を決める予選会があるのですが、うちは元大企業で今までの成績が良い為、無条件で代表候補者を出せる権利を持っています。ですから羅刹。わが社の権限で貴方を代表候補にねじこめます。これが代表候補権ですわ。そして、ここからが肝心」


 華奈は人指し指を立てて羅刹と好美の顔を交互に見る。

 羅刹は既にビスケットを三袋も空にした。


「今年の開催国は日本だから。まず世界中の代表候補者が日本に集まります。そしてそこから本戦に出場する代表者を決めるのです。わが社は参加申請はしていましたが、ファイターがまだ見つかっていませんでした。なので貴方を見つけたのは幸運でした。そしてこれはオリンピックじゃなくて、あくまでのNVTの世界大会。各国の代表選手じゃなくて強い人を選出するだけ。だからNVTの人気が特に強くて有力格闘家が集まり易い日本とアメリカの選手は毎年何人も出場するし。逆に代表候補者が全員予選落ちなんて国もありますわ」


 礼奈は胸の下で腕組みをして、ソファの背もたれに体重を預ける。


「代表者を決める予選会は十日後。それまでにベストコンディションにしてもらいたいのだけれど……」


 礼奈の視線が、羅刹のガリガリボディに突き刺さる。


「十日か……まぁ好きなだけご飯を食べさせてくれるならなんとかなるだろ」

「自分で依頼しておいてなんだけど、本当に大丈夫? そんな体であれだけ強いなら、って思って貴方に社運を賭けるんだから。しっかり頼むわよ」

「あー、任せろって」


 羅刹が歯を見せて笑う。

 礼奈と華奈は立ち上がって、背を見せた。


「ありがとう。貴方ホームレスなんでしょ? 会社のすぐ近くに社宅が残っているからそこに住むといいわ。前の選手が使っていたトレーニングジムも一階にあるし。うん、そうしなさい。タマちゃん、あとはよろしく」


 それだけ言うと、礼奈と華奈は応接室を出て行った。

 こうして、ホームレス少年、天城羅刹の人生は、大きく動き始める。

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