最強の格闘技はなんだ!?

鏡銀鉢

第1話 ボーイ・ミーツ・ガール


 二十一世紀。


 世界はネクスト・バーリトゥード、通称NVTに熱狂していた。


 武器の使用以外の全てを認め、全ての格闘技選手が最強を求め戦うこの競技は企業のありかたを変えた。


 ボクシングチャンピオンがCMに出るように。


 企業が球団を持つように。


 今や大企業は自社の専属コマーシャルファイターを雇い、NVTで戦わせるのが常識となった。


 東京都心。とある電気屋のショウウィンドウに並べられたテレビは、今日も人気NVT選手が自社製品を紹介するCMを映している。


 そして、そのすぐ下では、死体……のようなものにハエがたかり、カラスが肉をつついている。


 ズタボロのTシャツとジャージに身を包み、骨と皮ばかりの少年の名前は天城羅刹。


 この物語の主人公である。


「た……たんぱく……しつ…………」


 天城羅刹一五歳。

 身長一七〇センチ、体重四〇キロ、体脂肪率二パーセント。

 餓死まであと、二時間。


 もう一度言おう。


 彼がこの物語の主人公。

 最強の格闘家、予定の天城羅刹(あまぎらせつ)である。


 一ヶ月間、公園の葉っぱと段ボールと水道水とアリしか口にしていないが、主人公である。


「キャー、せっちゃーん!」


 その死体、ではなく天城羅刹から天城羅刹だったものになろうとする物体を見下ろして、一人の少女が悲鳴をあげる。


 田中好美(たなかこのみ)。

 天城羅刹の幼馴染で、可愛らしい容姿が一目を引く少女だ。


「どうしたのせっちゃん。高校に来ないし家は差し押さえになっているし、この一ヶ月どこで何してたの!?」

「カカ……カロリー」

「ちょっと待ってて、今お水持ってくるから! それからすぐご飯持ってくるから。急がないと、せっちゃんが死んじゃう!」


 言って、好美は見た目からは想像できないほどパワフルに駆けだした。


 ナンパ野郎とティッシュ配りのお兄さんをタックルでぶっとばし、彼女は羅刹の為に水と食べ物を求めて近くの店に駆けこんだ。


 そして同じ頃。


   ◆


「お願いします。どうかわが社の商品を」

「でもねぇ、うちも信用が第一だから」


 こんな会話の後、少女はデパートからとぼとぼと力無い足取りで出て来た。


 お嬢様高校に通う一年生で、大人っぽい雰囲気の美人だ。


 長く綺麗な黒髪が彼女の魅力を引き立てていて、街中を歩けば誰もが振り返るだろう。


 だが、その彼女は今、この世の終わりのような顔で駐車場に向かっていた。


 手には、新商品の健康ビスケットの袋が握られている。


 彼女の名前は旗大路礼奈(はたおおじれいな)。


 元大企業、旗大路フーズの社長令嬢だった少女だ。


 健康食品会社旗大路フーズと言えば知らぬ人はいない日本大手の大企業だった。



 だが、コマーシャルファイターである自社選手が食中毒で死亡。


 自社製品では無く、店で個人的に買った食品が原因だったのに、新聞がおもしろがって『旗大路フーズの選手が食中毒で死亡』などと書いたものだから、風評被害もいいところである。


 旗大路フーズの商品はさっぱり売れなくなって業績は急降下。


 社長をしていた両親はストレスで病死。


 今ではご覧の通り、社長令嬢自ら営業をする始末だ。


「ふ、不幸だわ……どうしてこの私がこんな……」


 全ての人間が自分にかしずいていた頃を思い出して、礼奈の目に涙が浮かんだ。


 これも全部あの食中毒なんかで死んだバカ格闘家とマスコミのせいだ。


 そんな風に世を恨みながら、軽トラックを目指す。


 トラックの荷台には自社の新商品が乗っていて、運転席には女性社員が乗っている。


 それも、決して運転手というわけではなく、社内で車の免許を持っている人を乗せているだけだ。


 そこへ、


「おい姉ちゃん、何景気悪い顔してんだよ」

「ヒマならさ、俺らと遊びに行こうぜ」


 駐車場で、いかにも頭の悪そうな不良達五人に捕まって、礼奈はまた呟く。


「ふ、不幸だわ……」

「あんだと?」


 礼奈は、ヒステリーを起こして涙をこぼしながら叫ぶ。


「だってそうでしょ! 私は旗大路フーズ社長令嬢旗大路礼奈なのよ! なのにバカ選手とマスコミのせいで破産寸前! 営業で一〇〇店舗まわって全部断られるわ、こんなバカ丸出しの猿野郎にナンパされるわ私の何がいけないっていうのよバカバカバカぁ!」


「お嬢様ぁ!」


 トラックの運転席から、契約社員の女の子一八歳、タマちゃんの相性で呼ばれる子が慌てて駆け寄ってきて、


「うるせぇよ!」


 ぼかっ


「あふんっ」


 タマちゃんはやる気はあるが、ゴミのように弱かった。

 そして礼奈が名乗った事で、相手は気付いた。


「おい、こいつあの毒入りフーズの娘だぜ」

「あ、ほんとだ」

「毒なんて入ってないわよ」


 礼奈は手に持っていた、開封済みのカルシウム入り健康ビスケットを突きだした。

 店主に試食用にと持って行って、突き返されたものだ。


「いるかよ!」


 ばしん、と手で弾かれて、健康ビスケットはアスファルトの上に散らばった。


「ちょっとあんた、うちの新商品に何すんのよ! あれは現代人に不足しがちなカルシウムとそれを吸収するためのビタミンDが一日分入ったわが社自慢の」


 不良達は、礼奈の訴えを鼻で笑う。


「はんっ、なーにが健康ビスケットだ。てめぇんとこの毒入り商品なんかダニも喰わねぇぜ」


 ばりばりむしゃむしゃ



「残飯にもなりゃしねぇよ」


 もぐもぐがりがり


「産業廃棄物を人に売るもんじゃねぇぜ」


 ぱくぱくもりもり


『って、さっきからなんだ?』


 不良達が見下ろすと、そこにはゾンビ同然の天城羅刹が健康ビスケットを砂利ごと貪り食っていた。


『のわぎゃあああ!』


 不良達は情けない悲鳴をあげて後ずさった。

 ゾンビマンは幽鬼のようにして、ゆらりと立ち上がる。


「あー、一か月ぶりに葉っぱと段ボールとアリ以外のものを口にしたな……おい、このビスケット誰のだ?」

「そ、それうちの商品だけど……」


 礼奈は目を丸くして、震えながら答えた。


「おーそうか……それじゃあなんかお礼しないとなぁ……って言っても、見ての通り無一文の餓死寸前」

「関係ねぇやつはすっこんでろや!」

「今は俺が話してんだろが!」


 後ろから殴りかかって来た不良へ振り向いて、不良が勝手にぶっ飛んでいった。


「え?」


 礼奈は、信じられない光景を目撃する。


「てめ、よくも!」


 二人目の不良が羅刹に襲い掛かって、羅刹は指先でちょんと不良の頭をついただけで、勝手に不良がすっ転ぶ。


 残り三人の不良がナイフを取り出して、同時に突き出した。


 羅刹はローキックを一発。


 すると一人が転んで、残り二人も巻き込んで三人は団子状態になってアスファルトに突っ伏した。


 羅刹はなにごともなかったかのように礼奈へ振り返る。


「っで、えーっとどこまで話したっけ? ……やべ、また目まいが」


 羅刹がフラついてアスファルトに膝をつく。

 すると、礼奈が目を輝かせながら、羅刹の手を握った。


「貴方……うちのコマーシャルファイターになって!」

「へ?」


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ニワトリが飛べないのは才能でも努力でもなく環境のせいだ! 無能な少年と師匠の出会いが、一人の英雄を誕生させる──。

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