空の何処か、天の彼方で。

藤倉(NORA介)

非日常は突然に……

クーラーの効いた部屋、ベッドの上で学校に向かう時間ギリギリまでエロゲーに没頭している。

スマホの時刻を確認して、着替えてから始業30分前に家を出る。歩いて10分程度で学校に着き、それから教室に向かう。

ソシャゲ片手に教室に入って来たクラスメイトに挨拶をしながら授業までの暇を潰す。友人とソシャゲの話をしながら20時まで授業を受け、それから帰宅する。

家に着いてから自分で作った飯を食べながら友人と通話をして過ごす。通話を終えて0時くらいに風呂に入った後、エロゲーをプレイしてから3時、4時過ぎには寝る。

そして6時30分くらいには起床してソシャゲのログインボーナスを受け取り、昨日炊いた米をふりかけで食べる。それから時間ギリギリまでエロゲーの続きをプレイして登校する。

それが俺、山登秋輝の日常で、現実だ。


友達が沢山いて、趣味に没頭できて、授業も何とかこなせて、休日も多い、毎日が楽しい。

不満なんて一切無い日々、それでも俺は満足できずにいる。

夢を叶えたい、勉強だってもっと頑張りたいし趣味の時間をもっと増やしたい、お金が欲しい、料理が上手になりたい。後、可愛い彼女が欲しい。


でも分かってる。現実はゲームみたいには上手くはいかないって……

エロゲーみたいに可愛い女の子達に囲まれて、その中の好きな娘と仲良くなって付き合って幸せになるなんて事、リアルには絶対ありえない。

そんな状況下に放り込まれる人間でさえ、日本で1万人に1人か2人いるかいないかだ。


だから弱い自分のままではダメなんだ。変わらなきゃいけない……そうは思っても簡単には変われない──…それがこの世界だ。


主人公やヒロイン達がトラウマや辛い過去を克服した事がどれだけ凄いか身に染みて分かる。

それに関しても恋を知ったのや恋人と支え合えた事も克服や自分を変えるきっかけだったんだろうが、俺の現実にそれはない……恋人どころか、恋をした事ない俺は、きっかけ無しで自分を変えるしかないのだ。

はぁ、俺も1度で良いからアニメやゲームの主人公みたいな『非日常』を生きてみたいな。


「てか、暑過ぎだろ……」


外は炎天下、強い日差しが俺を焼く。昨日まではこんなに暑くはなかった筈だ。7月に入ってから6月の暑さとは比べものにならない猛暑を記録していた。


「おはよう!秋輝、今日めっちゃ暑いな」


横から突然現れたのは友人、島村蓮、朝から食べたであろうコーリッシュのカスを手に持っていた。


「蓮、流石に暑すぎじゃないか?何度?」


「待って調べるから、絶対30超えてる……」


蓮はスマホで今日の気温を検索しならがら立ち止まって言う。


「てかナイン行こ、アイス買いたいよ」


「また食べんのかよ、腹壊すぞ」


「この暑さでアイス食わねぇとやってられんって!──あっ、36℃だって」


人肌かぁ…そりゃ暑いわ。


通学路の途中にある9イレブンに蓮が入って行った。アイスを買う気は無かったが、少しでも涼みたかった俺も後に続いた。

それからコーリッシュが売ってないので仕方なく溶けやすいパリパリ君を買った蓮と教室に向かった。


「手ベタベタ!最悪なんだけど!」


俺が「溶けやすいけど大丈夫か?」と聞いたのに「大丈夫大丈夫、溢れそうなら下から舐める」とほざいていた蓮は手を洗いに行った。

そして蓮が帰って来てから暫くして他の友人達が登校して来る。

それから先生が来て出席確認の後に授業が始まる。

また今日も同じ日々──出来事は違っても現状は変わらず、何も変わらない何の変哲もない日々……正直、非現実を生きてみたい。


アニメやゲームの主人公みたいな……

そんな非日常を───


今日も何事も無く全ての授業が終わる……時刻はいつも通りの20時ピッタリ、俺は疲れ切った酷い顔をしている。

毎日耳にするパトーカーと救急車のサイレンがドップラー効果を起こした道路を背に帰路を友人達と歩く。


その後もいつも通り、友人達と途中で別れ一人きりの帰路に戻る。別に非日常と言っても事件なんかを望んでる訳じゃないし、いつも通りが嫌な訳でもない。


…だけど少しだけ良いから女子からモテたり、恋愛だってしたい。有り得なくて良いから超能力に目覚めたり、異世界に召還されたり……

運命の出会いってのもしてみたい──そんな有り得そうな事からバカみたいな事まで、可能なら体験してみたい。


一人暮らしをしてから毎日の様に1人で通る暗い路地裏……正直、もう慣れた。

…だけど、その日は……いつも通りじゃなかった。


急に視界に何かが現れ、身体に鈍い痛みが走った。

熱い熱い熱い、痛いッ──何かが溢れ出して来る。


それは暗闇の中でも明るく見えて、視界が霞んでるのが分かった。動かなくなった身体は熱い液体にDIVEする。


顔からも熱く流れる……今日が熱いからでも、コンクリートが陽の光で暖められた訳じゃない──頬を伝ったのは涙だった。


「あぁ……俺が、望……だ……のは──」


俺が望んだ非日常はこんなんじゃなかったのに……


「……にたっ……く、ない……」

「──ですよね!」


被さる様にそう聞こえた声の主は気付くと目の前にいた。


「お目覚めですか?山登秋輝さん!」


目の前に居たのはフード付きの黒マントを来てドデカい鎌を持ったコスプレi……ではなく、状況的に考えて死神か…ベタだな。


どうやら俺は死んだみたいだな、まだ生きていたかったな……


「随分と理解、というか適応が早いですね?貴方は死んだんですよ。通り魔に刺されて──」


「ちょっ!?俺まだ何も言ってないですけど!」


驚いた──とは言え、名前を知ってる事に関しては死神だからだとスルーしていたが……もしかしなくても心が読まれている?まぁ、それどころか死神が存在した事が一番ビックリなんだが……


「読めますよ、死神ですから」


何か、この状況に納得してしまった自分が悔しい。


「それより死んだ感想はどうですか?」


それ聞く?──通り魔に刺されて死んだ当時者に聞いちゃうの!?


「いや、死にたくなかったです……めっちゃ痛くて、怖かった」


「正直、ですね。どうですか?貴方の願い叶いましたか?」


「非日常を生きたいとは言ったけど、通り魔に刺されたいとか、死にたいとか言った覚え無いんですけど……」


「そう言えば今、死神と喋ってるって状況が非日常ですね!」


そりゃそうだな、死神と喋る機会なんて普通に生きててまず無いもんね。


「で?俺どうなるんですか?」


「貴方の魂を神の元まで──と、思ってましたが……」


えっ?何、俺って地獄行きなの?


「もう少し生きてもらいます!」


「はい?はっ?えっ……」


「生きたくないですか?なら──」


「いや!生きたいッ──けど、良いんですか?それ…死神的に」


「めっちゃダメですよ!当たり前じゃないですか!」


だ、だよな…何で俺キレられてんの?言い出したの向こうだけどな。俺が悪いの?


「今回は特例、条件を貴方が引き受けるなら、あの出来事を無かった事して生き返って頂きます」


「引き受けます!死にたくないッ……あれ?でも、引き受けるって何を?」


内容も聞かずに返事したのは俺だけど、その引き受ける内容が気になって少し不安になってきた。


「それは彼女から詳しく聞いて下さい。では話は以上ですよ!じゃあまたね!」


「ちょっ、待っ───」


気付くと俺は誰もいない路地裏で手を前に伸ばしていた。


「夢……ではない、よな?…でも、だとしたら幻覚?疲れてんな、やっぱ…」


そうだよ、死神なんている訳ない。俺は神話とかは好きだけど、幽霊とか天使や悪魔、神とかオカルト系は信じない。


「でも、やっぱ普通の日常が良いのかもな……」


エレベーターに乗って自分の部屋の前に着いた。

しかし、幻覚の中で言ってた「彼女にお聞き下さい」ってのが引っかかる。

いや、別に只の幻覚なんだから気にする必要はないんだが……と、部屋のロックを解除し扉を開けた。


「ただいま……」


「うん、おかえり」


いや一人暮らしだから言う必要ないんだけど、つい言っちゃうんだよな……


──ん?んんッ?今、「おかえり」って言われなかった!?

部屋を見ると明かりが付き、テレビを見ながらポテチ片手に寛ぐ女が……


「やっぱ、俺疲れてんな……」


「飯まだぁ?オムライスが良い」


気の所為だろうけど幻覚の女が俺にオムライスを作れと指図してくる。しかも心做しか黒い翼が生えてる様にも見える。


「俺、まさか彼女欲しいからって幻覚を作り出してしまうとはな……」


「何ブツブツ言ってんの?お腹空いたんだけど……」


このイマジナリー彼女生意気だな?こんなの俺の好みじゃないし、てか頭の黒い輪っかどうやって浮いてんだ?…まぁ俺の幻覚か妄想なら『説明』は不要か……説明?彼女から、あれ?


「もしかして、本物?幻覚じゃなくて?」


「えっ、何だよ……もしかして死神女から聞いてないの?」


…って事は、さっきの出来事も今のこの女も全て本物?妄想とか幻覚とかではなくて?つまり頭の輪っかに翼って……


「お前は?天使だったりする?」


「正確には堕天使だけどね。お前本当に何も聞いてないのね」


めっちゃ態度でけぇコイツ、やっば何だこの天使!いや、堕天使だからなのか?分からんけど……


「アタシの名前はメイ、訳あって堕天したから天使に戻りたいんだ〜」


「それで俺に協力しろってのが死神さんが言ってた条件なの?」


「まぁ間違えじゃないけど、その為にはアンタを幸せにしないといけないんだよ」


「俺を?幸せにするって、どうやって?」


「アタシが知るか!自分で考えろよ!その頭何の為に付いてんの?」


うっぜぇ何だコイツ、ヤバい殴りたい!天使じゃなかったら…いや、女じゃなきゃ殴ってるぞ!


「でも、ぶっちゃけアタシ堕天使のままでも良いんだよね、楽だし、ぐうたらできるし」


とんだダメ天使だな!これ堕天使じゃなくて駄天使(駄目な天使で)だろ……てか、俺の心は読まれてないみたいだな。あれは死神の特殊能力みたいなやつなのか?


「でも、堕天使のままだとマズイらしいんだよ」


「マズイって?悪魔とかになったりするのか?」


「堕天使は悪魔にはなれないよ、そもそも別者だし、なれたら楽なんだけど……」


今サラッととんでもねぇ事言いやがらなかった?


「じゃあ何がマズイんだよ?」


「天使の資格剥奪される、そしたらアタシ生きていけないから」


そういや天使って何をしたら堕天するんだっけ?神に反逆とかしたら流石に1発アウトっぽいよな……まぁコイツの場合、職務放棄とかかな?まぁどうでも良いけど……


「まぁ、あくまでお前の幸せは最終目標、他にも色んな人の幸せに貢献しなきゃみたいだけど……ダルっ……」


何か最後にボソッ…と聞こえたけど、何か初対面でお前呼び何かヤダな。


「あのさ、そのお前ってのやめてもらって良い?」


「じゃあ人間……」


「いや、何か見下されてる気がする」


「見下してるけど、何て呼んで欲しいんだよ?」


コイツ…見下せる立場だろうけど、やっぱり見下してたか。


「俺の名前は山登秋輝、だから名前で呼んでくれば良いよ」


「じゃあアキテル、腹減ったからオムライス」


仕方ないので、この駄天使(駄目な天使で)にオムライスを作ってやった。


「でさ、メイが俺の願いを叶えてくれるの?幸せにしてくれるって」


「メイ様だろ崇めろ!叶えるとは言ってない、あくまで手伝いだよ。幸せは人間が自分の力で掴まなきゃ意味がない」


うわぁコイツ、うわコイツ!いちいち腹立つな!…キレそうになったがオムライスを口に運びならが笑顔で食べるメイが少し天使に見えた。

実際天使なんだが、いや元か?まぁ俺は怒りをチキンライスと一緒に飲み込んだ。


「じゃあ俺、死んだのか……」


「今は生きてるけどな、アタシを天使に戻す事を条件にな」


正直、コイツを天使に戻すの無理な気がする。コイツが向いてなさそうなのもあるが、俺が幸せになるビジョンが浮かばない……いや、十分に今も幸せだが…でも満足はできていない。


「取り敢えず、幸せになる方法が思い付かないのなら夢や目標とかを言ってみたら?」


夢か……笑われそうだな、コイツには絶対に言いたくないな。でも、目標とかは特に無いな…まぁ、即物的で良ければ一つだけ……


「…じゃ、じゃあ、彼女が欲しい…です」


てっきり笑われると思ってたが、メイは表情を変えずに言った。


「じゃあ、まずは彼女作るのを目標にしようよ」


「あっ、そうだな……」


その後は何だが気不味かった。というか妙な気分だ…人間では無いとはいえ、女の子と普通に自分の部屋で話して食事をするなんて初めてだったから……



浴室からシャワーの音が聴こえる。良く考えれば女の子が俺の風呂でシャワーしてるなんて超エロゲーのシーン前みたいだ。


「ヤバい、何か緊張する……てか、天使も風呂とか入るんだな」


扉がガチャりと開き、寝巻きに着替えたメイが出てくる。


「あっ、ベッドはアタシが使うから退いて床で寝て」


「あっ、うん!ごめん!」


そのままその後は普通に眠りに就いたんだけど、俺は3時まで寝られなかった。


「朝か……俺、床で寝てたのか……」


昨日の事は夢なんじゃないか?とベッドを確認すると天使の寝顔、文字通り。

昨日はドキドキし過ぎて考えてなかったが……俺のベッドなのに何で俺が謝らなきゃならないんだよ。


というか……まだ実感は湧かないが、俺の非日常は思わぬ形で──というか、非日常過ぎんだろ!


そんな感じで俺の非日常が始まったのだった。

正直、非日常は思ったより憂鬱で同時に楽しみでもある。

俺の日常はこれからどんな風に変化していくのだろう?もう十分過ぎる変化だとも思うが、俺はとてつもなくワクワクしていた。


しかし……



「ただいま……」


「おか〜!今日カレーの気分だわ」


ポテチ片手にバラエティ番組を見る怠惰な堕天使が居候になっただけだった。

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