5章―② 青年とお嬢様、超頑張る。

 昭仁氏との対話を終えた公太は会場の校庭に向かう。

 一応お膳立てはした。あとは自分が綾瀬との勝負に勝ち、その後は千尋と昭仁氏に任せるのみ。

 状況がシンプルになったことでより一層気合が入る。


 「やあ、花巻君。こんにちは」

 校庭に入ったところで、対決の相手である綾瀬が爽やかに片手を挙げる。

 「ういっす」

 公太も気軽に手を挙げて応える。良かった。電話の時の気まずさは引きずっていない。安心して周りを見渡すとあることに気が付く。

 「それにしても何でこんなに子供がいるんだ」

 校庭に入ってから気になっていたが、子供の数が異様に多い。小学校の運動会の様に校庭の真ん中を囲うような形で子供たちが所狭しと集っている。

 「今回は鐘餅小学校の校庭をお借りするのでね。その生徒さん達や保護者や先生方には是非我々の戦いを見届けてもらおうというわけさ」


 なるほど、確かにどいつもこいつも……いや、どのお子様も利発そうで気品に溢れている。公太は改めて周りの環境を確認すると納得したように大きく頷く。

 「よく分かった。……どうりで俺のアウェイ感が強いわけだ」

 小学生とその保護者達は「A・YA・SE! A・YA・SE!」と怒涛の綾瀬コールと共にサイリウムを振り回している。

 しかも驚いたことにオッズも出ている。その比率はなんと、「綾瀬雄大 1.00倍VS 花巻公太 280.00倍」!(賭けが成立していない!)――畜生! こいつら暇人かよ!

 ちょっぴり涙目になっている公太を見てか、綾瀬は気遣わし気に公太の肩を叩く。


 「ま、まあ、この方達にとってはお祭りみたいなものなので気にしすぎないようにして……ね! そうだ、せっかくなので僕の父上と挨拶でもしたらどうだい?」

 「……そうする」

 正直綾瀬の父親になど欠片も興味はないのだが、こんなものを目にし続けていたら泣き崩れそうなので言葉に甘えることにした。

 


 綾瀬に連れられ、生徒やその保護者から成る応援席の反対側に立つ【運営】と書かれた看板が傍に立っているテントの方へと歩いていく。

 「ここに千尋さんや昭仁さんもいますよ」

 そして、テントの入り口に躊躇せずに入っていく。するとその場には何人かが行き交って話し合いをしていた。奥の方には千尋と室井もいたが、もちろん昭仁氏もいた。


 「父上! 父上も会いたがっていた花巻君を連れてきましたよ!」

 「む?」

 綾瀬の声に反応を見せたのは、ビア樽のような身体を持つ中年男。重たそうに自身の身体を動かしてこちらへとその身体を向ける。ゆっくりとした動作で公太達の方へと目を向けると、目を剥き、手に持っていた紙コップをぐしゃりと握りつぶし、公太の方を指差す。

 「お、お前は!?」

 「?」恐らく自分のことを指して言っているのだろうが、2日前の晩御飯を思い出すこともできない公太にとって興味レベル最下層の中年男の顔など思い出せるはずもない。


 「どっかでお会いしましたっけ?」

 「き、貴様! 忘れたのか! フクロウ銀行だよ!」

 「…………???」

 「畜生! 完全に忘れてやがる! 今年の春にお前に蹴り飛ばされた男だよ!」

 そこまで言われて公太の中で記憶が像を結ぶ。そして、思い出した。この男はつい1ヶ月前に新倉に罵声を浴びせて泣かせた男ではないか。


 「!…………あ、ああ! もちろん覚えてますよ! ……っていうかてめえッ! てめえのせいで俺はフク銀クビになったんだぞ!」

 「いや、アレはこっちも大人気なかったが蹴り入れたキミも悪いだろうが!」

 完全に忘れていたくせに思い出したその瞬間には相手に嚙みつくあたりから遅かれ早かれ花巻公太はクビになっていたと言えるだろう。


 「花巻君、父上と知り合いなのかい?」

 2人のやり取りを見ていた綾瀬は目を丸くしている。しかし、公太がどう答えようかと考えるより前に綾瀬父が口を挟む。

 「おい、雄大。こんな男、綾瀬家の名に懸けて瞬殺してやれ。それともうすぐ試合が始まるぞ。ここにいる場合じゃないだろう」

 その父の言葉に、綾瀬は冷めた表情へと変わる。

 「はい、わかりました。では行って参ります」

 踵を返した綾瀬についていこうとした公太はテントの奥で様子を見ていた千尋と室井と目が合う。

 室井は両手を胸の前でぐっと握り、頷きかけてくれた。そして、千尋はそんな室井を見て自分も何かすべきかとあわあわとしたのち、

 (頑張ってね)

 そう口の動きだけで伝えてきた。

 何だかむずがゆいが、アウェイのこの場において少なくとも2人は自分を応援してくれている。その事実は公太をかなり勇気づけてくれた。自分が千尋を勇気づけようとしているのにこれでは立場が逆だが、まあこのお嬢様を前に上手くいったためしがないし、今はそれを気にしてもしょうがない。

 だから公太も2人に向かってグッと右手を握ってそれに応えた。

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