パウンドケーキがよく似合う日。

ももいくれあ

第1話

ワタシは珈琲が好きだった。

カフェで注文する珈琲。

家で淹れる珈琲。

誰かのお家でいただく珈琲。

テイクアウトするアイスカフェラテ。

アイスカフェラテは決まって、

氷少なめ、ミルクの量はそのままで。

お店によっては、氷少なめというと、

その分ミルクを多くしてくれる。

ワタシはそれはちょっと困る。

実はあまりミルクが多いのは好みではないからだった。

サイズはそのお店で一番小さいサイズ。

焼き菓子があれば裏面の成分表示をよーく見たうえで、

ワタシの好みでないものが入っていない、

そういう、スバラシイ焼き菓子に出逢った時には

必ずいくつか購入している。

こだわりが強いと言われてしまうワタシの好みに合うお菓子たちは、

実際、とっても少なかった。

そんなワケで。。

カレが家で焼き菓子を作るようになったのかもしれない。

エスプレッソマシンが家にないせいもあってか、

カフェでもよくアイスカフェラテを注文する。

猫舌なのと、あったかいミルクが苦手なせいで、

誰よりも寒がりなワタシは真冬でも、

アイスカフェラテをよく飲む。

それにお白湯を添えるか、

もしくは常温のお水を用意して。

でも珈琲にはやっぱり焼き菓子が欲しかった。

特に好んだのは

パウンドケーキや

アルミニウムフリーのベーキングパウダーを使ったマフィン。

もちろん、マーガリンはどこにも使っていない。

クッキーだってショートニングは使わない。

そういうものだけを好んでいる。

そういうものでワタシはできていた。


今日は珈琲がなかなか淹れられない。

ただ、それはそんなに珍しいことではなかった。

ヤカンに適量の水を入れる。

それを火にかけてゆっくり温め、沸騰してから少し冷ます。

珈琲用に買ったそれは、お湯が通る部分がニュルりと曲がっていて

細くてしなやかで、なんだかそのカーブは心地良かった。

一度沸騰したお湯をそれに移し、適当な温度まで下げてみる。

その間に珈琲豆を

ギリギリギリといい香りをふりまきながら挽いておく。

ペーパーフィルターに挽き立てのマンデリンを

ざっくりスプーンでくすって入れた。

2杯くらいかな。

最初の数滴はしっかり蒸らして30秒ほど待つ。

その後、のの字を書くように、

ゆっくり、ゆっくり、そろり、そろり、と。

すると、

注がれるお湯はふわっと珈琲豆を膨らまして

部屋中に香ばしい香りがたちこめた。

こんな朝に似合うのは、カレが焼くとびきりのパウンドケーキ。

期待はしていなくても、その期待を裏切らない。

ドライフルーツのパウンドケーキ。

最高の朝だった。


これが、ワタシの理想とする雰囲気の朝だ。


でも実際はかなり違っていた。


まずはヤカンの水淹れ。

これが最大の難関。

入れては、出して、入れては、出して、入れては、出して・・・

もう20回は繰り返していた。

どうしても水が入れられない。


それがワタシの朝だった。


集中すればするほどに、それはややこしてくて、

ワタシは本当にうんざりした。

キレイな水が入れたくて、

何度も何度も入れ直した。

何度も、何度もイメージしようと試みた。

キレイなイメージに包まれた水はキレイな水そのものだった。


でも違う。

嫌なイメージに包まれた頭で入れた水は、汚い水にすぎなかった。


そこに辿り着くまでに、いったいどれだけの時がたったのか。。

時計はないので、テレビもないので、

今が何時か知るにも一苦労した。

携帯電話を家中探して、ようやくベッドの毛布の中に見つけた。

それを取り出してきて、時刻を確認すると、

11時をほんの少し回っていた。


2時間。

以上。。


そんな途方もない時の狭間でワタシは揺れ動いていたのだ。

ようやくキレイな、

とってもキレイな今日の朝の水が、

ヤカンに注がれるはずだったその水は

ワタシのすぐ横にあるお気に入りの大振りのグラスになみなみ注がれていて、

ワタシは一気にそれを飲み干した。


軽い痺れが左のこめかみに走ったけれど、

それは今は、大した問題ではなかった。


気がつくと、

カレが入れたと思われるヤカンの水がピーと音を立てて湧いていた。

カレはいつでもそうだった。

先回りしてワタシの一歩も二歩も先を、

すました顔をして歩いていた。


嫌いじゃなかった。


何も言わずに、助けるとも言わないカレが

ちょっとだけワタシの先を歩くこと。

そのカレの歩いたワダチをなぞって三歩後ろから歩くワタシ。

そんなワタシも悪くなかった。

今日はまだ、ペーパーフィルターも用意できていなくて、

いつものニュルりも用意できてなくて。

そう思って慌てたワタシごしにカレのしなやかな手が通りすぎて、

それらは全て終わっていたことに気づかされた。

お気に入りのマグカップ2つ。

そこに珈琲はすでに注がれていた。

ミルク6珈琲4。

珈琲8ミルク2氷3つ。

これがベストな私たちの朝だった。


当然のようにそこに用意されていたのは

ドライフルーツのパウンドケーキ。

カレは

ワタシがキレイな水と格闘していたその時間をくまなく使いこなしていた。


頼もしい。


カレの焼く焼き菓子の中で、ワタシはパウンドケーキが一番好みだった。


美味しい。


はずのパウンドケーキなのに、

息苦しい。

喉の奥がなんだか詰まって、呼吸が浅くなっていく。

すごく疲れた朝だった。

ワタシは一口珈琲を口に含むと、

ゆっくりと味わって喉を潤した。

そして、軽く微笑み、

静かな眠りについていた。


最高のパウンドケーキには手をつけないままに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パウンドケーキがよく似合う日。 ももいくれあ @Kureamomoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説