第8話 十二年前の
「こら、暴れるな! 静かにしろ!」
中に無理矢理引き込まれたミシェルは、バタバタと手足を動かすも無駄な抵抗だった。
男たちに押さえつけられ、身じろぎすらできなくなってしまい、ドッドと心臓が嫌な音を立てる。
「まったく、あんなに叫びやがって……」
「やべぇぞ、騎士がくるんじゃねぇか?」
「どうする」
「くそ、この女が来やがったせいで、なにもかも台無しだ! ぶっ殺してやる!」
ドンッと男の一人がテーブルを叩き、心臓が跳ね上がる。と同時に、テーブルの上のトランプとコインが一瞬飛んで元に戻った。
「お前はいつもそういうことを。どうせなら売る方が金になるだろ」
殺す、売るという言葉を聞いて、ミシェルは青ざめた。
よりによって、どうしてこんな家に助けを求めてしまったというのか。
「いやああ、誰か、誰かーー!!」
「あ、こいつまたっ!」
「黙らせろ!!」
大きな手で口どころか鼻までも押さえられ、息ができずに目の前が白く染まる。
「んーー、んーー!!」
男にとっては、ミシェルも子どもと同じようなものだ……というスタンリーの言葉を今更ながらに理解して、涙が込み上げてきた。
苦しい。このまま殺されてしまう。
せめて、死ぬ前にスタンリーさんに告白したかった……
スタンリーの優しいオリーブグリーンの瞳を思い浮かべた、その時。
「なにをしている!!」
バタンと扉が開かれるれと同時に、重くひりつく声が家中に響き渡る。
男たちの隙間から微かに目に入ったのは、今まで見たこともない怒りの形相で眉を釣り上げた、スタンリーの姿だった。そのスタンリーの一喝で、周りの男たちがミシェルから飛びのいている。
「スタ……ごほっ」
「ミシェル!!」
スタンリーが走り寄って来て、ミシェルを抱き起してくれた。
目の前に安心できる顔があって、ぽろりと涙が溢れてくる。
「大丈夫か、ミシェル。どこか痛むところは」
「もう、大丈夫、です……っ」
「っく……貴様ら!!」
スタンリーがギロッと睨むと、周りの男たちはヒィッと声を上げた。彼らが逃げようとした入り口には、いつのまにかウィルフレッドと先程の老騎士が剣を引き抜いて立っている。
「ち、違うんすよー、スタンリーの旦那!」
「この女が迷い込んできたんです! 本当です!」
「俺らは、もう夜遅かったし中に入れて保護しようとしたんだぜ!」
「だのに、夜中に騒ごうとするから、黙らせようと思っただけなんす!」
次々に男たちは言葉を述べて言い訳していて、ミシェルはスタンリーの騎士服をぎゅっと握った。
「あの人たち、私を殺すとか、売るって……!」
「なに?」
またも怒りの形相で男たちを睨む。男たちは再度ヒィッと声を上げて、お互い抱き合うようにして恐怖から逃げている。
「ぶっ殺すって、つい言っちゃう言葉なんすよー! 本当に殺す気はなかったんす!」
「俺は殺すんだったら売る方が良いよなーって思っただけだ! 実際売るつもりなんてこれっぽっちも……ヒイッ!?」
スタンリーが言い訳していた二人の胸ぐらを掴み、ドンッと壁に押さえつけた。
「ミシェルを、押し倒していただろうが!!」
ミシェルにまでビリビリと伝わってくる、スタンリーの怒声。彼はこんな声を出せる人だったのかと、ミシェルは目を丸めた。
「勘弁してくだせぇ、旦那ぁ! あれ以上騒がれると面倒で、つい……」
「つい?」
「すみません、すみませんスタンリーの旦那!」
「謝る相手が違うだろうがッ!!」
スタンリーの拳に血管が浮き出て、二人の男の胸ぐらに力を入れている。男たちは「うぐっ!」と言いながら、足をぷらぷらとさせ始めた。それを見た男の仲間たちは、やはり「ヒィ」と言いながらお互いを抱き合っている。
「スタンリー、そのくらいにしといてあげなよ。それじゃあ謝るに謝れないでしょー。」
「む」
はっとしたスタンリーが掴んでいた手をパッと離し、二人はどさっと床に尻餅をついた。
そしてすぐさま這うようにミシェルの前にやってきて、手と頭を床に擦り付け始めた。
「許してくれ、いや、許してくだせぇ! お嬢ちゃん!!」
「悪気はなかったんだ! 本当だ、許してくれ!!」
いきなり二人の男に土下座で謝られ、どうすればとミシェルはあたふたした。
「えーっと……本当は、助けてくれるつもりだったって、本当ですか……?」
ミシェルの言葉に、男たちはガバと顔を上げる。
「ほんとうっす、まじっす!!」
「一旦、この家で保護しようと思ってましたぁ!! 誓って嘘はついていません!!」
二人が必死の形相でそういうので、ミシェルは本当にそうなのかもしれないと感じた。だとしたら、顔で判断して逃げ出そうとした、ミシェルの方が失礼だったということになる。
「いえ、私も逃げようとして大声を出して、すみませんでした」
「こいつらの顔、いかついもんねぇ」
ケラケラと笑いながら、ウィルフレッドがツカツカと歩いてくる。
「まぁ、バカなやつらだけど、本当だと思うよ。十二年前に牢獄に閉じ込めて改心させて、そこから大きな悪事は働いてないからね」
「ウィルフレッドの旦那ぁ!! そうなんす、そうなんす! 俺らは十二年前に懲りて、第一線からは退いたんすよ!!」
「でも、賭けトランプはダメだからね? こっちでしょっぴくよ?」
ウィルフレッドが男の顎をくいと上げると、甘い顔でにっこりと凄んでいる。男は真っ青になっていて、普通に怒られるよりもよっぽど怖そうだとミシェルも体を固まらせた。
「さて、どうする、スタンリー」
ウィルフレッドはスッと背筋を伸ばすと、スタンリーの方を見て言った。
「こいつらを全員……いや、処分はお前が決めてくれ。俺は私情が入りそうだ」
「りょーかい。ミシェルちゃんはどうする? あの時みたいに僕が送ろうか?」
「あの時? いや、ミシェルは俺が送っていく。ウィルは後のことを頼んだ」
「はいはい」
スタンリーが目の前に来たかと思うとグイッと肩を抱かれ、ミシェルたちはそのまま家を出た。
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