第6話 ミシェルの誕生日

 ミシェルとスタンリーの交流は、それからも変わらず続いていた。

 今より好きになってもらったら、告白しようと心に決めている。

 スタンリーの方から告白してくれないだろうかという甘い期待を抱いていたが、まったくその気配はなかった。自分が勇気を出すしか、方法はないだろう。

 だけど告白するにも、付き合ってもらえる可能性を見出してからでないと、中々できなかった。


 そうして、春が過ぎ、夏が訪れた。

 ミシェルの誕生日である、八月十七日のこと。

 仕事で休みが取れず、夜会の警備の仕事が入っていて会えないと言っていたスタンリーが、昼休みに図書館へと来てくれたのだ。


「スタンリーさん?! 今日は会えないって……」

「ミシェルの二十歳の誕生日は、今日だけだからな。無理を言って抜けてきた。急いで戻らなければいけないが」

「スタンリーさん……」


 そういうと、スタンリーは小さな箱を取り出して渡してくれる。


「誕生日おめでとう、ミシェル。気に入るかどうかわからないが」

「ありがとうございます……開けてみても?」

「どうぞ」


 今日は会えないと思っていた人からのプレゼント。ドキドキと胸に音を鳴らしながらその箱を開ける。


「わ、イヤリング……!」


 そこには、雫型の宝石がついたイヤリングが入っていた。チェーンがあるので、耳につけると揺れるタイプだ。


「八月の誕生石はペリドットだと店員から聞いてこれにしたんだが、別のものが良ければ交換でも……」

「いえ、これがいいです! スタンリーさんの瞳の色とお揃いで、嬉しい……っ」


 ミシェルがそういうと、スタンリーは照れ臭そうにポリと頬を掻いた。


「ペリドットは、太陽の石とも呼ばれているんだそうだ」

「太陽、ですか?」

「ああ。ミシェルそのものだと思った」


 真っ直ぐにそう言われて、ミシェルの身体中の血液が顔に集中しているのがわかった。


「そそそ、そんな! 太陽だなんて恐れ多い……! スタンリーさんの方が太陽ですー!」

「俺はどちらかと言うと、宵闇だろう」

「それも素敵ですけどー!」


 そこでミシェルの瞳とスタンリーの瞳がばっちりと絡み合い、二人はぷっと笑い合った。


「そうか、宵闇も素敵か。ありがとう」

「私もありがとうございます! こんな素敵なプレゼントをもらえて……幸せです」


 愛おしさ全開でイヤリングの箱を胸に抱き締めると、スタンリーはそのオリーブグリーンの瞳を細ませている。


「大切に、します……っ」

「……そうか。じゃあ、今日はこれで」

「ありがとうございました! お仕事、頑張ってください!」


 ミシェルの言葉に、スタンリーはキラキラと光るような笑顔を見せてくれる。それは束の間のことで、次の瞬間には凛々しい団長の顔となっていたが、溢れ出るオーラは変わらない。


「はぁ……スタンリーさん……」


 彼が図書館を出て行ったところで、思わずそんなため息が漏れてしまった。


「ちょっと奥さん知ってますぅ? あの二人、あれで付き合ってないんだよ!」

「いやですわー、ウィル奥様、付き合ってるに決まってるじゃありませんの!」

「はわ! ウィルフレッドさん?! なんでカウンター内に入ってきてるんですかー!」

「エミィが入れてくれたんだよー」

「ちょっとエミィさん!」

「うふふ」


 ウィルフレッドはカウンター内に隠れて、全てを聞いていたらしい。先輩司書のエミィも、昼休憩からいつの間に戻ってきていたのか。

 図書館の外では、「ウィル! ウィルフレッド、行くぞ!」とスタンリーが彼を探している。


「やば、行かなきゃー、ありがとエミィ!」

「どういたしまして」


 そういうと二人は軽くハグを交わし、ウィルフレッドはゆったりと外に出て行った。


「え、は、ハグ?!」

「なに驚いてるの」

「だって、ウィルフレッドさんとハグするなんて……そんなに仲が良かったの?!」

「別に、友人ならするでしょ? ミシェルだってスタンリー様と……」

「ない……一回も、ない!」

「冗談でしょ? あんなに仲がいいのに?」


 エミィの言葉に、何故か館内にいた人が「付き合ってないとかウソだろ」「ハグもしないの?」「ウソだろ」「がんばれミシェル」とざわざわしている。


「え、なに、どうしてみんな……」

「おほほ、ここの常連は、みーんなあなたの気持ちを知っているわよー!」

「ひゃーー、うそーー!!」


 血液が頭から大噴火しそうになったミシェルは、両手で顔を覆い隠した。


「大丈夫よ、ミシェル! 誕生日にそんな贈り物をくれるなんて、特別ってことじゃない! ハグは人によっては好まない人だっているし、気にすることじゃないわよ」

「うう……だったらいいんだけど……」

「ふふっ、二人の結婚式には私も呼んでね!」

「き、気が早すぎー!」

「そうかしら?」


 エミィは人差し指でちょんちょんとイヤリングの入った箱を指さす。

 ペリドットのオリーブグリーンがスタンリーの優しい瞳を思い起こさせて、胸がきゅうっとなる。


 少しは自信を持っていいのかな。

 スタンリーさんは、私のことを……


 会いたい。さっき会ったばかりだというのに。

 今日はもう会えないとわかっていても、会いたいという気持ちを抑えられない。


 今日は夜会の警備だと言っていた。

 団長であるスタンリーは、王族に近いところにいるだろう。

 中には入れないだろうが、離れたところで待っていれば帰りに会えるかもしれない。


 ミシェルは仕事を終えて夕食を済ませると、スタンリーにもらったイヤリングをつけて、王宮に向かった。

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