第5話 優しさと、ずるさ
スタンリーの家に着くと、二人で食事を作った。
料理人には夜の食事はいらないと伝えていたらしく、いなかった。使用人も一人しかおらず、通いなのですでに帰った後だ。
この広い屋敷に、今はスタンリーとミシェルの二人だけ。
「正直、こんな大きな屋敷はいらなかったんだけどな。貴族となったからには、それなりの家に住まなければいかんと王にたしなめられた。結婚して子どもができた時に、広い家は必要だろうと」
「け、っこん……」
「あ、いや、そんな予定はない。王が先走っているだけなんだ」
「そうですか」
安堵の息を吐きながら料理を皿に盛り付け、二人で遅い夕食を食べた。
スタンリーは一見無口そうに見えるが、問いかけることにはスラスラと淀みなく答えてくれる。そしてミシェルの話が終われば、そっと話題を提供してくれるのだ。
穏やかに流れる二人の時間。
だというのに、ミシェルはなぜだか泣きそうになった。
今の時間が幸せすぎて、手放したくない。
貴族であるスタンリーは、いつか素敵な令嬢を紹介されることだろう。
そうすれば、スタンリーの目の前のこの椅子に座るのは……ミシェルではない。
「どうした? ミシェル」
「……いえ。スタンリーの奥さんになる方は、幸せだろうなと思いまして」
「残念ながら、なり手はいないが」
立候補して、いいですか? という言葉が、喉元まで出てきていた。
言ったらどうなるだろうか。この優しいスタンリーは、断れず困ってしまうのではないだろうか。
しかし、女性として魅力があると言ってくれた。手も、繋いでくれた。
でも、そうしているのは自分だけではないかもしれない。
きっとスタンリーは誰が相手でも、魅力的かと聞かれたら魅力的だと答えるのだろうし、寒さに震える人がいればコートを貸して手を温めるに違いないのだ。
ミシェルが特別、という意味ではない。
「スタンリーさんに、好きな人なんかは……」
「ああ、いる」
ミシェルは、逃げた。好きな人がいないという言葉が聞ければ、まだ自分にもチャンスはあるかもしれない……そう思って。
だが、そんな考えを打ち崩す答えがスタンリーから返ってきて、ミシェルは真顔のまま口の端だけを上げた。
「あ、はは……ですよね……」
聞くんじゃなかった。後悔したが、覆水盆に返らず。目の前が白く染められて行く。
「ち、ちなみに、その好きな女性が私という可能性は……あは、ないに決まっていますよねぇ!」
なにを口走っているのか、わけがわからなくなっていた。
スタンリーは困った様子でミシェルを見た。これこそ、余計なことを言ってしまった。妙な沈黙が空気を悪くして、息が苦しい。
するとスタンリーは、覚悟を決めたように口を開いた。
「好きだ」
その言葉が耳に入った瞬間、ミシェルは甘い痺れと罪悪感で意識が遠のきそうになった。
言わせてしまった。
魅力的かと聞いてしまった時のように。
優しいスタンリーが、好きじゃないなんて言葉を言えるはずがないとわかっていながら。
「……すみません……」
申し訳なくて、ミシェルの目から涙が溢れる。
頭を深く下げたまま、申し訳なくて上げられない。
「こちらこそ、すまない。気にしないで、これまで通りいてくれるとありがたい」
「はい……」
スタンリーは、優しい。
余計なことを言わされたのはスタンリーにも関わらず、ミシェルを気遣って、今まで通りを貫こうとしてくれているのだ。
ふられ、ちゃった……。
気を遣って好きだと言ってくれたということは、本当は、好きではないということなのだろう。
嫌われてはいない、それはわかっている。けれども、ミシェルが望む好きという感情ではないのだと、そう理解できる言葉だった。
暗い顔してちゃだめ、切り替えなきゃ!
確かに、今は同情でしか好きと言ってもらえないかもしれない。けれどそれは裏を返せば、同情でも好きと言ってくれるだけの仲になれているということだ。
まだ、チャンスはある……
いつか、スタンリーさんが誰かと結婚するまでは、あきらめないで頑張りたい……っ
我ながらしつこい性格をしているとあきれたが、決意を新たにすると気持ちが落ち着いた。
「送ろう」
食事が終わるとスタンリーが立ち上がった。
男物しかなくて申し訳ないと言いながら、大きなコートを出してかけてくれる。
外はもう真っ暗で、灯りはスタンリーの持つランプだけ。
「あの……」
「ん?」
隣を歩いてくれるスタンリーの、ランプで優しく照らされた顔がミシェルを見下ろした。
「暗くて怖いので、手を繋いでもらっても……?」
好きでもない女の手を握らせる、ズルい言い方。
「わかった」
それでもスタンリーは文句をいうこともなく、当然のように繋いでくれる。
どれだけ優しい人なのだろうか。
ミシェルはその大きな手をぎゅっと握り。
彼の温かさを感じながら家路に着いた。
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