第3話 手料理でお近づき大作戦

 スタンリーが副団長から団長になったとき、ミシェルはチャンスだと彼を誘った。


「スタンリー様、団長就任おめでとうございます! よければ私にもお祝いさせてくれませんか!?」


 お祝いでもっとお近づきになる作戦である。


「祝い?」

「はい、もし良ければですが」

「まさか、ミシェルに祝ってもらえるとは思ってかったな。嬉しいよ。ありがとう」


 ほんのりと緩んだ口元がもう、愛おしくてたまらない。

 ミシェルは頼み込んで、スタンリーの家に押しかけて料理を作ることにした。

 外に食べに行っては、きっと奢られてしまうだろう。小娘に奢られるところなど、誰にも見せられないはずだから。

 ミシェルは約束の日、買い物をすませると、教えてもらったスタンリーの家に向かった。

 貴族になっているのだから当然だが、屋敷は予想以上に大きくてたじろいだ。

 普段は料理人がいるそうだが、今日はミシェルが作るからと休みをとらせてあげたらしい。


「さて、何を作ってくれるんだ?」

「ふふ、出来上がってからのお楽しみです」


 もったいぶって作り始めたのは良かったが、これが散々な出来だった。

 どこに何があるかわからない、使い勝手がいつもとは違う台所というのはこんなにもやりにくいものだったのかとミシェルは愕然とした。

 鍋や調味料を探しているうちに焦がしたり、火の調節をうまくできずに四苦八苦し、できあがったのは自分でも何を作りたかったのかわからない焦げた黒い物体になってしまったのだ。


 別室で待たせていたスタンリーに正直に報告に行くと、彼はいつもの優しい目をして言った。


「その気持ちだけで十分だ。食事は俺が支度しよう」

「え? スタンリー様、お料理ができるんですか?」

「独身生活が長いからな」


 そう言って彼は手際よく次々に料理を作っていく。

 いわゆるこの地の郷土料理というものだ。誰もが馴染みのあるメニューでカウンターは埋め尽くされた。

 湯気の立つスープは黄金色をしていて、男らしく大きめに切られた具材が食欲を誘い、ミシェルのお腹はグウと鳴った。


「あっ」

「遅くなってしまってすまない。食べよう」


 遅くなってしまったのはスタンリーのせいではないのにそう言って、使用人に別室に運ばせると、そこでようやく昼食となった。テーブルの上には、ミシェルの作った焦げた物体も乗っている。

 まさか食べはしないだろうと思っていたミシェルは、それを口に運ぶスタンリーを見て目を見張った。


「スタンリー様? 今、何を食べ……っ」

「ミシェルの作った料理だが?」

「やめてください! お腹を壊しちゃいます!」

「いや、これはこれでおいしい……げふっ、ごふっ」

「お、お水を……っ」


 ごくごく水を飲み、なんとか平常に戻るスタンリー。

 けれども彼はどれだけ止めても、おいしいわけもない物体を食べ続けてしまった。

 何度もむせて、水でお腹が破裂してしまうのではないかと思うほど。

 それとは対照的に、スタンリーの料理は美味しかった。特別な味付けをしているわけではない、素朴な男料理だったが、これがまた素材の味を引き立てていていくらでもお腹に入っていく。

 はて、これは一体誰の祝いの席だっただろうかと首を傾げるほどだ。まるで罰ゲームのようなことをさせられたスタンリーは、それでもニコリと笑っている。


「ごちそうさま、ありがとうミシェル」

「おいしく、なかったですよね……」

「いや、そんなことは……」

「スタンリー様は、気を遣いすぎです! 初めておすすめした本の時だって、そうだったじゃないですか! 無理なことは無理だと、ちゃんとそう言ってください!」


 騎士団長に向かって生意気なことを言ってしまい、ミシェルはしまったと口を押さえる。

 すると、やっぱりスタンリーは面目なさそうに眉を下げて頬を掻いていた。その表情と仕草は、ミシェルの好きなひとつだから、困ってしまう。


「そう、だな。おいしくはなかった」

「うう、すみません……」

「だが」


 逆接の言葉に、ミシェルは下げた視線をもとに戻す。


「俺は、ミシェルの作った料理を食べたかったんだ。俺のために作ってくれて嬉しかったよ。ありがとう、ミシェル」


 オリーブグリーンの細められた目。優しい笑みに、いたわりの言葉。

 ミシェルはキラキラのオンパレードにぶっ倒れそうになるのを必死で堪えて、こくこくと頷くことしかできなかった。


 もう、好きだと言ってしまいたい。

 けれど、こんな大失態の後で告白しても無理に決まっている。

 もっともっと、仲良くなってからじゃないと。スタンリーを惚れさせるくらいになってからじゃないと、告白しても無意味だ……ミシェルはそう思った。


 この黒い物体を食べさせてしまったお詫びにと、今度はスタンリーをミシェルの家に招待した。

 料理が下手な女だと思われたままなのは嫌なので、リベンジだ。その日は普通に料理を作ることができて、ホッと胸を撫で下ろした。


「今日はおいしい料理をありがとう、ミシェル」

「いえ、前回が酷すぎましたから……今日は来てくださって、ありがとうございました」

「それじゃあ、また」

「え、また呼んでいいんですか?」


 やった、と勝手に顔が明るくなると、スタンリーは少し驚いたように目を丸めた。


「あ、いや、また図書館で、という意味だったんだが」

「っは!」


 都合の良い解釈をしていたことに、顔が熱くなってくる。相手は忙しい騎士団長なのだ。そんなにしょっちゅう誘われても迷惑に違いない。


「だが、誘ってくれるならありがたく来させてもらうよ」

「あの、じゃあ、今度はスタンリー様のお誕生日を祝わせてください! お誕生日はいつですか!?」

「二月十七日だ」

「わ、もう少しですね!」

「ミシェルは?」

「私ですか? 私は夏生まれなんです。八月十七日」

「日付が同じだ。覚えやすいな」

「あは、本当だ」


 たったそれだけのことが嬉しくて、ミシェルの口から笑みが溢れる。


「じゃあ、十七日、良ければお祝いをさせてください。あ、予定があれば、次の日や次の週でも!」

「いや、いつものように仕事なだけで、その後の予定はない。誰かに祝われる年でもないしな」

「私、精一杯お祝いさせてもらいますね」

「ありがとう、嬉しいよ。けど、無理はしないようにな」


 夜のせいか、細められた目からは大人の男の色気が漂ってくる。


「おやすみ、ミシェル」

「おやすみなさい、スタンリー様」


 そう言って、ミシェルは顔を上げた。

 ハグは、くれないだろうか。この国では、家族や仲の良い友人間では、離れ際にハグをする習慣がある。

 今日でとても仲良くなれた気がして、ミシェルは期待してしまった。


「ああ、そうだミシェル。頼みがあるんだが」

「なんですか、スタンリー様」

「そのスタンリー様というのはやめてくれないか? 俺は元々貴族ではないし、団長としてあなたと会ってるわけではない」


 団長として会っているわけではない……その言葉を聞いて、ミシェルは舞い上がった。スタンリーと会っているときは、彼がプライベートな時間だったので、当然と言えば当然であったが。


「じゃあ……スタンリー……さん?」

「ああ、それでいい」


 ほんの少し口角が上がるのを見るだけで、胸がいっぱいになる。

 そして呼び方を変えるだけでさらに距離が近くなった気がした。


「今日はありがとう。十七日を楽しみにしている」

「はい、私も楽しみです」


 その日、ハグはなかったけれど。

 スタンリーは素敵な笑顔を残して、帰っていった。



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