第15話 推理力VS嘘を見抜く眼
「解りました。今の説明で納得されなかったのは仕方が無いことだと思います。だけど、どんなことを協力して欲しかったのか、せめてその内容だけでも教えてもらえませんか? 力になれることがあるかもしれませんし……」
目に見えてショボくれる女子高生を目の当たりにし、俺は少し反省した。どんな理由があろうと、力になってくれる気でここに来てくれたのだ。その気持ちは尊重してあげないといけなかった。俺も良い年だし、もっと大人の対応をするべきだった。今後の課題だな。
「そうだな。これは俺が聴いた話なので、話半分に聴いてくれて構わないんだが。あるところから曰(いわ)く付きの壺が盗まれた。その壺は、その壺の価値もさることながら、その壺に関わった人に悪い影響を及ぼす可能性があるらしい。そしてその壺は、現在行方不明になっているんだ。俺は今回、北高で起こった殺人事件の裏側に、その壺が絡んでいるんじゃないかと思っている。だから、そのいじめ事件を調べたかったんだ。君たちが協力してくれる気で居てくれたのは有り難かったよ。ありがとう。まだ、テスト期間中だろ? 勉強頑張って」
俺は席を立ち、会計の紙を手に取った。すると、これまで黙って座ったままの星月あかりが不思議そうに、口を開けた。
「えっじゃあ、詩にピッタリの依頼じゃないですか。あかりも協力しますから、やってみませんか、白神さん」
ピッタリ? そのフレーズが気に掛かり、席に座りなおす。
「ピッタリとはどういう意味かな? 星月さん」
「あかりで良いですよ。詩のことも詩で。だってねぇ? 詩」
星月あかりは何やら嬉しそうに、十六夜詩の腕を小突く。十六夜詩も元気を取り戻したように、笑顔を見せた。
俺の直感が何かを告げている。今、この二人から離れてはダメだと。念のため、二人の魂の色を順に確認しておくか。かと言って女子相手に胸を凝視するのは、社会的な地位を失うリスクを伴うから、慎重にばれないようにしなければならない。
俺はコップに残った水を口に運びながら、目線を下にずらし、二人の魂の色を確認した。
二人とも青白い色の魂だった。ってことは、十六夜詩が自分のことを探偵だと名乗ったのは、ある程度本気だったってことか? 少し時間が経ってしまっているから真相はこれからとして、あのカレーの話は本当だったらしい。
「では今から今度こそ、あたしの推理力を認めてもらう話をします」
胸を見たことは解らなかったらしい。取り敢えず、胸をなでおろす。
「最近、朱桜神社から国宝級の壺の盗難があり、それを盗んだとされる犯人が死体で発見されました。殺人犯はすぐ捕まったらしいですが、壺は行方不明のままだと聴いてます。白神さんが探している壺と言うのは、ズバリその壺のことですよね? 名前は確か、百鬼の壺」
素直に驚いた。確かに盗難直後、TVやネットのニュースでもやっていたが、俺は固有名詞を一切伏せ、更に『曰く付きの壺』という表現を敢えてした。それを直ぐ、朱桜寺で盗まれた壺と結びつけるとは、中々やるじゃないか。
「驚いているようですが、偶然当たったわけじゃないですよ。聴きますか? そこに至ったまでの、あたしの推理を」
得意げに十六夜詩は言う。
「聴こうじゃないか」
「はい。その壺は盗んだ犯人とそれを殺した犯人の二人を不幸にし、そんな中、北高で五人の生徒が亡くなった。そして、直ぐに現れたのが『曰く付きの壺』を探している、白神さん。これは朱桜神社で盗まれた壺が絡んでいると考えるのが妥当だと思います」
なるほど……な。
推理は合っている。推理は、な。問題は、
——今、この子は嘘を吐いている——
そう、俺の眼が、彼女が、十六夜詩が嘘を吐いていることを見抜いてしまっている。つまり、魂の色が赤色に変わっているのだ。ただそうなると、疑問点が一つ。
——嘘を吐いているのに、辻褄が合っている——
これは一体どういうことだ? 嘘を吐いているのであれば、発言のどこかが不自然になるはず……いや、違うな。正解なのに嘘を吐いているのであれば、彼女の嘘はここだろう。
「君は前もって知っていたね、百鬼の壺の悪影響を。つまり今君が言った推理と言うのは、知っていた事実が俺の探し物と一致しただけ。君は元々、学校で起きた事件に百鬼の壺が絡んでいる可能性を考えていた。……違うかい?」
「ち、違う。違います。あたしは持ち前の知識と推理で、白神さんの探し物を言い当てたんです」
動揺を悟らせないよう努めているが、十六夜詩の赤い魂は大きく脈を打っている。これは、嘘を言い当てられた人間にある反応で、これを見て俺の推理は確信に変わった。さてと、ここで自分の能力を説明してもいいのだが、泰蔵さんの件もある。下手に、俺が異能の力を持っていることを広げるのは良くない。
ただそうなると、彼女に自分の能力を伏せたまま、嘘を吐いたことを認めさせる必要があるな。それが出来て、初めて信頼できる協力者と呼べるからだ。
さてと、どう崩していくか。
「君は百鬼の壺がどういったものか、どこまで知っているんだ?」
取り敢えず、軽く会話のジャブを打ち、ストレートを出すタイミングを計る。
「どこまで……ですか? ニュースで見た限りですけど」
「形状とか、材質とか、価値とか」
十六夜詩は下を向き、俺の質問にどう答えるか考えている。先ほどまで自信満々に推理とやらを語った姿とは、似ても似つかない。その隣で星月あかりが、心配そうに友人を見ている。俺はマスターにミルクティーを注文し、返事が来るのを待った。
「あ、あたしの推理が嘘と言う話はどうなったんですか?」
思いつめたように十六夜詩が訴えてきたが、俺はその言葉を無視し、出された紅茶を啜った。そして徐に言う。
「君は何処で、百鬼の壺に付いて話を聴いたんだ? 百歩譲って、百鬼の壺の名前をニュースで知ったとしても、それ=(イコール)曰く付きの壺とはならない筈だ。あれは鬼神様がご利益をくださる壺であって、曰く付きの壺と言うイメージを一般人が持っている筈がない。もう一度聴く。君は何処でその情報を手に入れたんだ? ひょっとして、壺に付いて何か知っているのか? あれは子供が関わっていい代物じゃない。これ以上推理ごっこに付き合わすようなら、躍起になってそれを探し回っているヤクザに君の名前を教えるぞ。壺に付いて知っている子が居るってな」
語尾は強めに言った。ヤクザとは勿論泰蔵さんのことだが、十六夜詩が口を割らなかったとしても名前を売るつもりは微塵もない。これはただの脅しだ。だが、嘘を吐いているこの子を守るためにも、多少強引な言い方をする必要がある。
——でないと何時か、推理ごっこでは済まなくなる——
十六夜詩は子供だ。しかも、大人相手に推理ごっこを楽しむ無邪気な面がある。今回は俺が相手だったからそれでもいいが、これ以上調子に乗らせると、本当に危険なことに遭いそうで不安になる。
「わ、かりました……」
両目に大粒の涙を浮かべた十六夜詩が、観念したように口を開いた。
ソウルルックアイズ~鬼神様と百鬼の壺~ 灯水準 @wakatorasann
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