第5話 神主だった泥棒

 志摩将仁、二十六歳。神主の資格を専門の大学で取り、卒業後は自分探しの旅と称して、二年ほど日本のあちこちを放浪していたが、去年の初夏に朱桜神社に神主として就職。以後真面目に、昨日まで仕事をしていた。

 おっさんの説明ではそうあった。ただ、待遇(給与や休暇)については何度か揉めたことがあるらしい。実際、神主と言う仕事は神様への奉仕とされ、あまり儲かる仕事ではないそうだ。ただ、そうは言っても、街の名前と同じ名を持つ朱桜神社は規模も大きく、他の零細神社と比べると、まあまあマシな方らしい。

 志摩は真面目な人間だったが、奉仕の心が足りなかった。おっさんは、ため息交じりにそう言っては遠くを見つめていた。

 そして今朝、事件が遭った。午前四時起きのおばさんが、神社の祭壇から百鬼の壺が無くなっていることに気づいたのだ。同時に、志摩との連絡が付かなくなったと言う。

おっさんと他の神主が神社をくまなく探したが、壺が見つからなかったので、止む無く警察に通報。その時点で時刻は午前六時二分。通報後、唯一連絡の付かない志摩のアパートにおっさんと警察が訪問したが、もぬけの殻だったそうだ。

そして午前七時三十五分、河原で死体が発見された。死体に身元が分かるような所持品はなかったが、捜索願が出された直後だったため、それが志摩将仁だとわかったと言う。

 志摩の死因は結果が出ていないのでまだ不明だが、複数の暴行を受けた跡があったらしい。

 と、ここまでが、おっさんとおばさんの知っていることで、それ以上の情報と呼べるものはないそうだ。

「でも、志摩が盗んだという証拠はないんですよね?」

 確認の意味でそう問うと、おっさんは複雑な表情を浮かべて言う。

「証拠はないが、状況が志摩だと示しているとは思わんか?」

「それはまぁ、そうですけど……。百鬼の壺を最後に確認したのは?」

「就寝の一時間前、夜の七時に確認したわ」

 今度はおばさんが答えた。就寝の一時間前が七時? 朝の四時起きにしろ、早寝早起きが過ぎるだろ。と思いつつ、次の質問を口にする。

「防犯的な何かは? 警備とか、カメラとか」

「勿論ある。しかし、どちらにも引っかからなかった。このことから、そういった知識を前もって知っていた、内部の犯行の可能性が高いと、警察の人間も言っておったわい」

 なるほどな。状況どころか条件までも、志摩が壺を盗んだことを後押ししているってわけか。

「待遇で揉めていたそうですが、志摩に金銭トラブル……つまり、借金とかは?」

「さあ? そんな話は特にしとらんかったと思うが、神主の仕事だけで食っていくのは大変だったかもしれんな。無理だとは言わんが」

「具体的に月収とか言えます?」

 おっさんが指で示した数字は、俺の月収とさほど変わらなかった。ただし、俺の場合は夏と冬にボーナスがあり、仕事さえちゃんとこなせば、有給だって取れる。そういった意味では、待遇面において志摩に不満があってしかるべきと言えるな。

「後は……保険とか入ってますか?」

 無いだろうな。とは思いつつ聞いた。どこの世界に、七億円の保険がきく壺があると言うのだ。

「勿論、入ってますよ」

「えっ?」

 おばさんの返事に、おっさんとナマが驚いた。俺も、そんな二人を見て驚く。

「金額は言えませんけどね」

 おばさんは一人陽気な表情を浮かべると、舌をペロッとだし、自分の旦那と娘をあざ笑った。

「粥さん。わしは一度も、そんな話を聴いたことがないのだが?」

「万が一に備えるのが、家内の仕事なんですよ。家長殿」

 ドヤ顔を決めるおばさんに、目を細めたおっさんが嬉しそうに言う。

「そうかそうか、それならわしらの老後は安泰だな。惚れ直したわい。粥さん」

 家長とは家の長と書くのだが、朱桜家の家長は、どう考えてもおばさんの方だろうな。

元々朱桜神社は、おばさんの家系が受け継いでいて、おっさんが婿として迎えられたと幼少の頃に聴いたことがある。

 おっさんはそれと同じことを、今度は俺にさせようとしている。意識してやっているのかどうかは解らないけどな。

「それとあと一つ。志摩は七億円もする壺を、どこで換金する気だったのか? わかりますか?」

 この質問に、おっさんとおばさんは顔を見合わせた。さすがに心当たりはないか。七億の価値があると言ったところで、金を出す人間が居なければ意味が無い。おっさんの話を聴く限り、志摩に金持ちの知り合いが居たようには思えなかったしな。

 だったら居たはずだ。盗まれた壺の価値を知り、それを換金してやると言って志摩をそそのかせた黒幕の存在が。

——彼は恐らく、その黒幕に殺されたのだ——

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