第12話 高速バグ移動

Jは村を後にする。ここから先は1週間の期限内ならどこまでも行けるオープンワールドの世界だ。

――この後はどうするの?

――まずこのゲームで最も重要と言っても過言でもないキャラクター。ファンからの相性『ロリ博士』を仲間にしに行く。

――ちょっと警察に連絡してきていい?

――それはやめてください。

渓谷とは反対側、広大な牧草地を抜けた先にある草原地帯を抜けた先にある森林地帯を抜けた先、さらにその先の大河の先の山の上にあるのがお目当てのキャラクターがいる場所だ。

――このゲームの正規ルートには姫を含めて5人仲間になる。仲間にする順番は自由だが、まずこの『ロリ博士』を仲間にするかどうかでゲームプレイの快適度が天地の差と言っても過言じゃない。

と、Jは『ウォールトワイスランニング』のグリッチを村はずれの小屋で行いながらヌルに説明していた。

――一人でも出来るんだ。その変態挙動。

Jは身の丈ほどの木箱のオブジェクトを小屋の中の壁、部屋の隅っこと木箱の間が平行になるように、人一人が入るくらいの隙間を作りそこにローリングして挟み込まれた。

Jの体が木箱、小屋の隅の壁にめり込んだ状態で上下に激しくぶれる。その状態でJは壁の外側に向かってローリングを繰り返した。すると壁をすり抜けまるで力強く溜めたバネがはじき出されるように壁からJが発射された。

これはウィレナ姫を使ってやったグリッチの速度の非ではない。瞬く間に景色が変わっていく速度で棒立ちのJが草原地帯をスライド移動していく。

――もっとキモイ変態挙動。

――ヌルさん言い方だんだんキツくなってませんか?これは「ウォールトワイスランニング」の応用で、「ボックススライド」っていうグリッチだ。落下速度を維持したままローリングすることで軸を変更してポリゴンの障壁、コリジョンを貫通して移動する高速移動の基本テクニックその2ってところかな。

――何言ってるかよくわからないけどキモイ。

――もうちょっと言葉選んでほしいな……

草原には野盗の拠点がいくつか点在しているが、野盗がJを発見した瞬間に彼方へ移動してしまうので実際見つかってはいるが応援を呼ばれることもなく森林地帯まで移動し始めた。

――ここから回避ゲーが始まる。このグリッチは別のコリジョンに接触すると解除されてしまうから、木にぶつかった時点で等速に戻ってしまう。だからこの速度のまま森の木々を全部回避しなきゃいけない。

 Jはサイドステップとローリングで木々の隙間を滑るように回避し続ける。ローリングで回避した先に気がある場合はバックステップを、Jは直近の木々に視線は置かない。常に先の木々を見て、あらかじめ避ける木々とその避け方、方向を予測しながら回避行動を とっている。

森の中は薄暗くモンスターも多い。それらに接触してもグリッチが解除されてしまう。そうなれば、モンスターに袋叩きにされ再び村まで移動を戻されてしまう。この移動方法はハイリスクハイリターンなのだ。だが、Jはあえてそれを選択する。「失敗しても次がある。出来るまで挑戦し続ければいい」という努力の権化のような言葉を信じて、幾度も失敗し幾度も挑戦を続けることこそが、RTAでよりよい好記録を出すための根底の心構えだからだ。この回避行動は毎回同じパターンでやってこない。それでも人は速さに慣れる。反射神経が追い付く限り、制御できない速さはない。

 数百本の木々、数十体の魔物をかわし続けた経った数十秒の間に、Jは一切の物事を考えなかった。ヌルがもはや毎度おなじみとなった軽口を放つとも、耳には一切入ってこない。そして森を抜けだしたJはようやく息をつく。生身の肉体であればこの森を抜けるときは呼吸は邪魔になる。森を抜けて初めて大きく息を吸い込む癖が、ゲーム世界にいたとしてもつい息を大きく吸い込んでしまった。

「ぷはぁー!リアルに木に激突しそうになるのこえー!」

森を抜けた先には幅500メートルほどの大河だ。実際の世界の大河と比べると小さいものだが、間近に見ると十分大河と呼ぶにふさわしい大きさに見える。

――どうやって渡るの?

未だ高速移動を続けて川岸を下っていくJにヌルは話しかける。集中すべき場所は踏破したためJはヌルに応答する。

――すぐそこに橋が架かってる…と言ってもまだ見えないけど、そこが関所になっていて、関所官の脇を抜けて先へ進む。実際は手形を王都で入手しないといけないけど、この速度なら止められる前に進むことが出来る。

――不法侵入するわけね。

ヌルとの思考会話している間に言っていた関所に到達した。そこには行商人の馬車や旅人と言った面持ちの人が並んでいて、橋の両端には立派な門が構えられていて、そこには兵士が数人立ちふさがり手形ないものの行く手を阻んでいる。

Jは高速移動したまま入管の待ち人たちを横目に兵士たちの脇を滑り抜ける。

「おい!貴様、手形は―――」

Jは止められる間もなく兵士たちの横を過ぎ去る。橋を渡っていると後ろから兵士たちの怒声が聞こえてくる気がしたが、すぐに聞こえなくなった。

十数秒で反対側の関所に着くが、そこで兵士たちが隙間なく待ち構えている。

――関所を調べると伝声管があるからそれを使って反対側に連絡したっぽい。

――どうするの?抜けられる隙間見当たらないけど。

――こうするのさ。

 Jは行き交う行商人の荷台にジャンプで飛び乗りそのまま橋の欄干を飛び越えて川岸に着地した。着地モーション中も移動は続いている。

視野内にあるほぼ空っぽのゲージが少しだけ右に移動した。ヌルは疑問を投げかける。

――このゲージは何?生命力でも体力でもないけれど……

山岳地帯へ向かって移動しながらJは答える。

――正邪値だよ。左が『正』、右が『邪』で、人助けや悪者を倒す、サブクエストをクリアすると聖にカーソルが動く。逆に犯罪行動や殺害とかを行うと『邪』の方にカーソルが動く。『邪』の方に行くほど敵の数と強さが増加するから、RTAだと出来るだけ『正』の方に行った方がいい。それにこのゲージによってストーリー上で分岐が起こる。『正』の方が難易度が低いからANY%ではそっちを選ぶのが基本だ。

――なるほど、だから「不殺」の為に『巨人の小鎚』を取っていたのね。

――ご明察だ。今上昇したのは本来必要な手形を入手する必要があったから、不正に通行したために正邪値が邪に振られたわけだ。

 大河から離れ山岳地帯へと移動をする。

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