第3話 姫騎士との出会い

あたりを見回そうと体の向きを変えるが、地面に刺さった人の背丈ほどある杭に後ろ手に拘束されている。ほとんど正座に近い大勢だ。周囲にはJを倒した重装歩兵がJを取り囲むようにボウガンを構え、その後ろにはおびえたように農民や商人と思しき民間人が物陰に隠れながらこちらを見ている。

――ねぇJ。いきなりピンチっぽいけど。

――問題ない。イベントシーンだ。

「ねぇジラフィム。あんたの部下はなんでこいつ連れてきたの?」

「答えよ。姫様の問いにあらせられるぞ。」

ジラフィムと呼ばれたその長身の男は重装歩兵に命じる。

「はっ!今から2日程前!天井より大型の落果遺物がジマリ森林に墜落したと村人より報告を受け先遣隊を派遣。落果遺物は一部透明な水晶のような物質で覆われており、中に人の姿らしきものを発見。先ほど落果遺物の方向より此の者がやってきたため、落果遺物を目当てにした盗人か、もしくは万が一にも樹上人である可能性も考慮し連れてきた所存にて!」

「樹上人だと?貴様!姫様の騎士にあるまじき発言!許しておけぬ!」

ジラフィムは目を血走らせ激高し報告した重装歩兵に鉄拳を喰らわせる。鎧が大きくへこみ重厚な音を響かせ村の民家に突っ込みレンガが吹き飛んだ。

「貴様らティーア皇国の兵士は国王に絶対の忠誠を誓わねばならぬ!我らが王はその武力により魔物に脅かされた世界の半分を人間の手に取り戻した英雄!そして世の理の全ては皇帝陛下にあり!それ以上の存在はあり得ぬ!ましてや樹上人など古の文献にしかない伝説上の存在!樹上人より与えられた恩恵により我ら洞人(うろびと)が栄えたなど世迷言!我らが皇帝が一代にして発展せしティーア皇国にはそれ以上のものは存在しない!」

激怒するジラフィムをなだめるように姫様と呼ばれた少女が口を開く。

「ジラフィム。やりすぎよ。私は別に怒ってないわ。樹上人なんておとぎ話。今時幼子くらいしか信じてないもの。あなたはお爺様の尖兵であるとともにこの国の将軍なんだから。部下は大事にしなきゃね。」

「は!このジラフィム。姫様のお言葉。しかと心に刻みましたぞ。そこの者。我が部下の手当てをしてやってくれないか?」

手近にいた兵士に命じて殴り飛ばされた兵士の手当てを行わせる。

「して、私が穴を開けてしまった其処の住人はおるか?」

ジラフィムは住民を呼び出し腰袋から金貨を1枚手渡した。住民の老夫婦は驚き金貨を返そうとする。

「恐れ多くもジラフィム様。私たちの家は古くいずれ崩れる運命でした。そんなボロ屋に金貨程の価値は御座いません。」

「いやご夫婦よ。これは受け取ってくれ。私の未熟さゆえに其方たちの住処を壊してしまったのだ。いうなればこれは私の贖罪。けじめをもって詫びを入れねば皇国の騎士として矜持が許さぬ。私を救うと思ってこの金貨でより立派な家を建ててくれ。気が休まらぬと言うのであれば我が部下の手当ての代金と思ってくれても構わん。」

老夫婦はそれまでの人生で手にしたことのない金貨を持ちたどたどしい足取りで帰っていく。

――なかなか見かけによらずいい将軍ね。

――後であの老夫婦の家に行くと金貨が他の村人に盗まれるサイドイベントが起こる。

――かわいそう。

――RTAだとやらないけどね。

姫のそばへジラフィムが戻り、姫がJに向かって口を開く。

「さて、そこあなた。ティーア皇国第3王女、ウィレナ・ラグナ・ハクバード・ティーアが問う。答えよ。あなたは何者?」

「……J」

「J?それはあなたの名前?あなたは何者なの?」

Jの目の前に選択肢が表示される。

①『分からない』

②『沈黙』

③『俺が知りたい。』

④『君可愛いね。』

――他に何かしゃべろうとしても喋れない……

――ゲーム外の余計なことをしようとしても無駄よ。ムービー中は体が勝手に動くから。

Jは口をあけ選択肢以外のことを話そうとする。

だが喋ることは出来ない。しゃべろうとすると途端にその気が失せてしまう。選択肢が出るところではその選択肢以外喋れないように感情を抑制するプログラムが働いているのだろうか。

「分からない」

捕らえられているときの選択肢なんてあってないようなものだ。

――1番下変じゃなかった?

「そう。自分が何者なのかも、どこから来たのかも分からないっていうの?」

――この主人公、まるで私みたい。

「ああ、自分の名前以外分からない。目が覚めたら森の中にいた。」

Jの口が勝手に動く。イベントシーンでは脚本通りに事が進むらしい。

「ジラフィム、この方が入っていたという落果遺物はどこにあるのかしら?」

「はっ!おい落果遺物をここへ持ってこい!」

ジラフィムが兵士に命令すると大型の荷車に落果遺物と呼ばれたカプセル状の物体が載せられ運ばれてくる。ところどころ錆びていて謎の文様が刻まれている。材質金属のようだ。

「パット見た感じ文様も他と大差ないわね……ただ本当にあなたがカプセルに入って落ちてきたなら、生き物が降ってきた前例はないわ。」

ウィレナと名乗る姫は馬車から降りてJへ近づいていく。それを見たジラフィムは狼狽して制止する。

「姫様!近づくのは危険にございます!まだこの者が落果遺物と決まったわけではありません。ただの賊。もしくは蛮族かもしれませぬ!ただでさえ下着姿で放浪し記憶もないなどとふざけたことを抜かしているのです!」

「それもいいじゃない。私、城での生活に飽きちゃってるの。たまには山賊に襲われるとかそういうスリルも味わいたいのよ。」

「姫様……!どうかご自愛を……!」

ジラフィムは狼狽える。

――ヌル、ちなみにこの後の展開で、俺はこの姫と一緒に山賊に襲われる。

――突然のネタバレを喰らってしまったわ。この姫様ってフラグ回収早いのね。

――ああ、メインヒロインだしな。最終的に主人公にデレデレになる。

ウィレナ姫はJに近づいてくる。その後ろを従者が豪華な装飾が施された椅子をもって付き従い、姫が腰を下ろすと同時にスッとその椅子を姫の動作に合わせて尻下に差し込む。

椅子に座りJを見下すウィレナ姫はJの顎を足で持ち上げる。3人称視点では見えずらかった下着が見えそうになる。

「姫様。ティーア皇国の姫君ともあろうお方がはしたのうございます。」

フードを目深に被った少女と思わしき従者が嗜める。

「ふん……!J……あなたが落果遺物か蛮族か。私には正直どっちでもいいの。ただ月に1度の城外へのちょっとしたお散歩。城の中は退屈で仕方ないの。ちょっと遠出してこんな辺境の村に来ても道中もずっとジラフィム達が護衛で危険の『き』の字もありゃしない。」

ウィレナ姫は前かがみになり口元をJの耳に近づけ小さな声でそっと呟いた。

「ねぇJ……あなたが危険というなら、私を攫ってくれない……?」


鳥が囀り。空を舞う。その鳥の眼下には大型の馬車が小型の馬車に囲まれて最後尾には人一人が中に入るくぼみがある金属製のカプセルが馬で牽引され運ばれている。

草原の草を馬が踏みしめ、車輪の後が大地に刻まれ進んでいく。

小型の馬車にカメラが進んでいき中には姫と同い年くらいの少女の従者1人、ジラフィム、そして向かい合ってJとウィレナ姫が座っていた。

「催眠自白魔法をかけても反応なしって。あなた本当に記憶がないのね。」

ウィレナは不思議そうにJの顔を覗き込む。生まれてこの方城からほとんど出たことがなく。月に1度のお出かけが数少ない楽しみだという箱入り娘は、今目の前にある不思議な存在に興味津々だった。

「記憶がないと言うのならそうね。あなた、私の従者にしてあげる。ねぇあなたもいいわよね?フェレス。」

フェレスと呼ばれた少女の従者はフードを外しウィレナへ返事をする。

「はい、私は構いません。姫様が望むのであれば、私がJ殿を教育いたしましょう。」

ジラフィムが声を抑え姫に質問をする。

「恐れ多くもウィレナ姫。このような出自の分からぬ変態。姫様の身近に置いておくのは、このジラフィム。とても不安にございます。」

「あら、それなら心配いらないわ。だってあなたが守ってくれるもの。でしょう?」

「もちろんでございます!」

「なぁ一つ聞いていいか?」

Jが口を開く。ここに意思は反映されていない。自分で喋っているのだが、まるでゲーム画面を通してこの状況を見ている感覚になっている。

「なにかしら?」

「どうして一番大きな馬車に乗らないんだ?あんたはこの中で一番偉いんだろう?ならその馬車に乗るんじゃないのか?」

フェレスはゴミを見るような目でJを睨みつけ言う。

「自分の立場を分からせる必要があるようですね。あなたは姫様の従者になるのです。言葉遣いには気をつけなさい。」

嗜めるようにウィレナはフェレスを落ち着かせる。

「まぁいいじゃない。これからよこれから。そこに注目するのはJ……あなた実は割と賢いのかしら?記憶がなくて知識はないけど知恵は回るようね。」

 ジラフィムが姫の言葉を保管するように口を開く。

「姫様はこの国の第3王女。故にその身には常に誘拐、暗殺などの身の危険が迫っている。生きていらっしゃるだけでも十分役割を果たしているのだ。そんな姫様が護衛を付けているとはいえ城外に外出されると知られていたら、もし貴様が姫様を狙う悪党だったらどうする?この一団のどこに姫がいると思う?」

ジラフィムの質問に選択肢が表示される。

①『小さな馬車に乗っている』

②『豪華な馬車に乗っている』

③『分からない』

④『いい匂いのところが姫のいるところだ』

――最後の選択肢はふざけるのがルールなの?

「豪華な馬車に乗っている。」

Jは2番目の選択肢を選んだ。

「そうだ。一国の姫君なら当然豪華な馬車に乗っていると考える。ならば襲われるのは当然そこだ。そこを逆手にとって豪華な馬車はおとり、姫様は毎回周囲の小さな馬車を不規則に乗っている。」

「私としてはお尻が痛いのがたまに傷なのよね。」

「姫様!はしたのうございます!」

フェレスが姫を叱る。姫はやれやれと言ったジェスチャーをしてそっぽを向き、ジラフィムが慌てふためく。これが姫の一行の日常のようだった。

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