笑いを極めたい

一色 サラ

常識という言葉。

 桐谷は事務所でネタの相談をするために作家の雨宮いると会議室にやって来た。すでに、雨宮はいた。

「遅くなってすみません。」

「いいよ。時間は間に合ってるだから、謝る必要ないよ。とりあえず、そんな所に突っ立てないで、座ったら。」

「あっ、はい」

 相方の館山もまだ来ていなかった。会議室には6人掛けの長テーブルが置かれていて、片面の中央に雨宮は座っていた。雨宮はパソコンが開いていて、待っている間に、違う作業をしていたようだった。

 桐谷は館山が居ないので、とりあえず、雨宮の向かいの席に座った。鞄をテーブルに置いたタイミングで、ピーンとスマホが鳴った。メッセージが届いた。館山からだ。

「すみません、館山の奴、10分ほど遅れてるそうです。」

「そう、じゃあ、気長に待とうか」

「すみません。」

館山が、雨宮に書いたネタを見てほしいと、ここに来たのに、遅れて来るとは本当に失礼な奴だ。ただ、雨宮はあまり気にしていない様子だった。

「あの~雨宮さん」

「なに?」

もう一度、謝ろうとしたがやめた。

「 いえ、何でもありません」

「言いたいことあるなら言ったら、気になるから」

「あの、じゃあ。志村けんの言葉で『常識を知らないと、非常識なことはできない』って知ってますか?」

「えっ、聞いたことないけど、どこかの番組で言ったの?」

「そうなんですけど、忘れてしまって、雨宮さんなら分かるかなと思たんですけど。」

「ごめん、聞いたことないや。えっと、非常識ってボケのことかな。」

「そうだと思います。」

「で、桐谷くんって、常識って何だと思ってるの?

 そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。桐谷は、雨宮を見ると、微笑まれた。

「それは、世間一般の常識のことですよね。」

 何か言わないといけないと思って、咄嗟に出た。

「どこの世間のこと?」

「雨宮さん、バカにしてます?」

「してないよ。ただ、常識にとらわれ過ぎると、チャンスを逃しますよ」

「もう十分逃してますけど。」

「常識とは、ヴェリジュの中で決めることが大事だ。」

「大事。。。どうやって決めるんですか?」

雨宮がパソコンの隣に置いてあったベンを持ち上げた。

「これは何だと思う?」

「ボールペンでです。」

「うん。そうだね。まあ、このボールペンという言葉を使わずに、それを客に理解させたら、本当の笑いが生むことができるよ」

「なんですか?その小難しい話は。」

「まあ、書くものとか、シャーペンじゃないもの。色が濃いものとか。色々と言い回しはできるけどね。」

「まあ、そうことを言いたかったわけじゃないですけど…」

 雨宮が何と言いたいのか、桐谷はよく分からなかった。

「リズムネタとか、歌ネタとかもそうでしょう。演者が決めた常識が存在するだよ」

「まあ…」

 それを言われたら、あるあるネタはリズムに合わせて言っていることもある。よく分からないことを曲に合わせて歌ってる人もいる。桐谷が思っていた一般的な常識など、そこには存在していない。

 「僕は、志村さんの言葉にも同じ意味が含まれていた気がするんだよね。志村さんのコントは、やっぱり、そのコントの中に常識が存在したからね。だから、常識という考えを少し違う角度で見ることも大事だと思うよ。桐谷くんは、もう少し違う角度で物事を見る練習をした方がいいですよ」

「はぁ・・・」

ドアがガチャと開いて、館山が入ってきた。そこで雑談は終わってしまった。

「すみません、遅れて来てしまって」


 ヴェリジュというコンビ名はフランス語の『ヴェリテ(真実)』と『マンソンジュ(嘘)』を組み合わせた言葉だ。これは相方の館山が考えた。真実と嘘が混ざったものがお笑いを呼ぶと館山に言っていた。桐谷からしたら、よく分からなかったが、反論するほどでもなかったので、そのまま決まってしまった。これが館山と桐谷とっての常識が存在しているのかもしれない。コンビを組んで10年になる。今年で32歳だ。

 ヴェリジュの常識を作り出すことが、今は求められてるのかもしれない。

そして、笑いを極めていこう。


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