お皿を割った

花見川港

お皿を割った

 や ら か し た !


 両親が若い頃、結婚を決めた記念に王都で買ったという陶器製の大皿。母はこれをとても大事にしていて、特別な時にしか食卓に出さない。


 それが、散り散りになった無惨な姿で床に落ちている。真夜中に小腹が空いて、おやつを求めてこっそりと台所を漁った結果だった。


 なんで俺、棚の奥まで探しちまったんだろう……。


 脳裏に浮かぶのは「この食器を使って、たくさんの家族と食事をするのが夢だったの」と少女のような笑顔で話していた母。


「………………」


 破片を袋に集めて棚の裏に隠す。


 とりあえず今日は、もう寝よう。


 もしかしたら素敵な妖精さんが直しておいてくれるかもしれない。望みを託してベッドに潜り込む。


 ちなみに人は、これを現実逃避という。


 しかし翌朝、台所のテーブルに座る母は暗雲を背負っていた。テーブルの上に乗せた両手を祈るように握り合わせていて、俯いている。明らかに落ち込んでいる。そんな母の姿は初めて目にする。


 きっとバレてしまったのだ。


「母さん……」


「あ、起きたのね……」


「やっぱり気づいちゃったよね」


「え……あなた、まさか」


 もしかしたら誰の仕業かまではバレていなかったのかもしれない。家には幼い弟や妹もいるから。なのに犯人は、下の子に比べればしっかりしているはずの長男。


 ああ、隠すような情けないマネをするんじゃなかった。


「俺、行ってくるよ」


 この村では無理でも、王都に行けば修繕できるところがあるかもしれない。


「行くって、そんな、あなたはまだ子どもなのよ!?」


「大丈夫だよ。父さんとよく出かけるし」


「隣村や町に行くのとはわけが違うでしょ!」


 こんなに声を荒げる母の姿は初めてだ。しかも泣き出して、やはり大切な皿を割られたのがよほどショックだったのだ。


「落ち着きなさい」


「父さん」


 現れた父は母の肩を抱く。


「こいつはもう覚悟を決めているんだ」


「でもっ」


「それに俺たちの子なんだから、一人でも大丈夫さ」


 え、俺一人で行くの?


 ああでも、今は狩猟の時期だから父さんが行けないのもしょうがないか。それにもしかして、これはバツか?


「うん。一人でも大丈夫だよ」


「……わかったわ。でも出かけるのは明日よ。今日中に準備しておくから」


「え、自分でできるよ」


「ダメよ。あなたは一人旅初めてなんだから」


 若い頃は冒険者として活躍していたという二人だ。任せた方が得策だろう。


 その日の夕食はなぜか俺の好物ばかりだった。


 両親が用意してくれた荷物の中に皿の破片を詰めた袋を忍ばせる。


 翌日、王都に行くだけにして少し過ぎるくらいの装備をさせられる。一人旅はしたことがないから加減がわからないが、心配し過ぎではないだろうか。


 父からは磨いた剣と助言。


「いいか。魔物だけでなく人間にも気をつけるんだぞ」


「うん」


「気をつけてね」


 涙ぐむ母がまた本格的に泣き出す前にさっさと出かけることにした。


「いってきまーす」


「ッいってらっしゃい!」


 王都で往復ってどれくらいかかるだろう。


 寒くなる前には帰れるといいな。




「どうしてあの子が……」


「大丈夫だ。あの子は賢い、それに強い」


 ある日突然、勇者だと名指しされた我が子が旅立った。不思議なことに息子はすでにそのことを知っており、自分の役目を理解していた。


 泣くことも怒ることもなく、与えられた使命を受け入れて最後までいつも通り明るく振る舞っていた。きっと、息子なりの気遣いだったのだろう。


 心の強い子だ。剣の扱いも幼い頃から教えてきた。きっと大丈夫。きっと無事に帰ってくるはずだ。


「あの子を信じて待とう」


「……ええ」

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