第30話 エピローグ1


 その日の午後。


 集落は騒然の逆、完全な静寂が包んでいた。


 誰もが言葉を失い、絶句して、顎を震わせている。


 ちなみに俺は、ユキヒョウの死体の前でアオイとおばさんの治療をうけている。


 また全身に傷薬を塗られているのだ。


 目を点にしたまま呆然とする集落のひとたちのなかで、ようやく長老が、


「ア、アギト……すで、素手でユキヒョウを仕留めたのかい?」

「え? はい。そうですよ? 証人もいるし、何よりユキヒョウの体に刺し傷がないじゃないですか」


 ちなみに、頬を引きつらせながら歯を食いしばっているリーダーは、今年もヌーを仕留めたらしい。


 リーダーは今年で五年連続狩猟男になる予定だったらしく、かなり悔しそうだ。


 本来なら仕留めるのが不可能なユキヒョウを、それも素手で仕留めたとなれば、どちらが上からは明らかだ。


 みんなは俺に歓声を送るどころか、どよめくばかりだ。


 それでも、やはり長老が先端を切ってくれる。


「……みんな! 今年の狩猟男はアギトだ! 異論はないね?」


 それでみんなは、我に返ったようにハッとする。

 遅れて湧き上がる声援を浴びながら、俺は立ち上がって、みんなの前で告白した。


「みんな、俺を狩猟男と認めてくれるなら聞いて欲しいんだ」


 みんなは口をつぐみ、俺の言葉を待った。


「アオイ」

「は、ハイ!」


 俺に傷薬を塗っていたアオイは、はじかれたように立ち上がって、俺と向かい合う。


「大人になったら、俺と結婚してくれないか?」


 アオイはすぐにうつむいて、表情を隠してしまう。

 俺は、そんなアオイの顔に手を当てて、上を向かせる。

 その顔は真っ赤で、嬉しそうにはにかんでいる。


「アギト、本当に、わたしでいいの?」

「当たり前だろ。俺は、アオイのことが好きなんだから」


 アオイの大きな目に涙が浮かぶ。

 それから両手の指を絡めて、アオイはためらいがちに不器用な言葉を口にする。


「あのね、本当はわたし、もう大人入りできるの」

「えっ!?」


 いや、まぁ予想はしていたけどな。だってアオイ、どう見ても大人だし。


「じゃ、じゃあ何で大人入りしないんだよ?」

「だって、わたしが大人になって、赤ちゃん産めるようになったってわかって、アギトはどう反応するのか怖かったから。アギトは無関心だったら、どうしようって、わたし、ずっと怖かったんだよ?」


 そう言って涙するアオイの姿が可愛くて、いじらしくて、俺はアオイのことがますます好きになる。


「それにアギト強いから、わたしなんかじゃ釣り合わないんじゃないかって……」

「もしかして、最近、俺らの狩りについてくるようになったのも?」


「うん、少しでもアギトに近づきたくて、わたしも猛獣を仕留められるようになったら、アギトと釣り合うかなって。あ、でももとから狩りに興味はあったんだよ。前から言っているでしょ。わたし弓使えるから、採集より狩りに参加したいって」


 そうやって説明する姿が可愛くて、俺はアオイを抱き寄せた。


「じゃあさアオイ。もう、俺ら夫婦になれるってことか?」

 俺の腕のなかで、アオイは幸せそうに笑った。

「うん♪」


 周囲から拍手が湧きあがった。


 おじさんとおばさん、嬉しそうに俺たちに拍手を送ってくれる。

こうして、俺とアオイは夫婦になった。

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