第28話 VSユキヒョウ
ガラガラと荷車を引きながら、そして押しながら、俺らは集落へを目指した。
まさか本当にユキヒョウが出るとは思わなかった。
とにかくこっちにはアオイがいる。
なんとしても、アオイを集落まで無事に送らなくては。
俺は死に物狂いで荷車を押しながら、背後の様子を気にした。
「なッ!?」
湖のほうから、ユキヒョウが駆けて来る。
速い。
サーバルキャットやウンピョウなんて目じゃなかった。
ユキヒョウは大きなストライドで、猛然と俺らに向かってくる。
「作戦通りに行くぞ!」
俺は荷車の上に飛び乗ると、一番大きな獲物である、オリックスの死体を地面に落とした。
なのに、ユキヒョウはオリックスを飛び越え、俺らへまっしぐらだった。
「そんな! なんでだよ! くそ! 荷車を置いて逃げるぞ!」
俺らはその場に荷車を、獲物を全て捨てることにした。
それでもなお、ユキヒョウは全ての餌を飛び越え、身ひとつで走る俺らを追った。
「どうなってんだ!? なんで俺らを狙うんだよ!?」
すると、俺の隣でアオイが声を上げる。
「そ、そういえば前、お父さんから聞いたことがある。人間を食べて、人間の味を覚えた肉食動物は、人間の肉を好む傾向があるって」
俺は舌打ちをして首を回す。
「ちっ、つまりあいつは、あくまでも人間の肉が喰いたいってわけかよ」
ユキヒョウと俺らの距離はぐんぐん狭まり、もういくらの余裕もなかった。
よほど人間の肉が美味いのか、それとも、人間は簡単に仕留められる、とでも思っているのか。
ユキヒョウの真意はわからないが、このままではアオイが危ない。
ならば、方法はひとつだ。
「お前らは先に逃げろ!」
俺は槍を構えながら反転。
ユキヒョウと対峙すると、背後からアオイたちの悲鳴が聞こえる。
目と鼻の先にいたユキヒョウの爪を、俺は槍を水平にすることで受け止めた。
これでいい。
俺は、あいつを倒さなくてはいけない。
俺の親父を殺したあの魔物は、俺が倒す。
なら、長老には悪いが、ユキヒョウ如きに背は見せられない。
「俺に喰われろ!」
ユキヒョウの口が、水平に構えた槍の柄に噛みついた。
不穏な音を立てる槍は――喰い破られた。
「ぐっ!」
槍を噛み折り、口を閉じているユキヒョウの顔面、鼻づらに頭突きをかました。
花は肉食動物の急所。
さしものユキヒョウも怯んで後ろへ跳び下がった。
しかし状況は俺の圧倒的不利だ。
人間は弱い。
鋭い爪も牙も角なければ毛皮もない。
手足は細く、皮膚は薄い。
それでも人間が猛獣を仕留められるのは、武器があるからだ。
長い柄と、牙より硬い石の穂先は、人間にリーチと攻撃力というアドバンテージを与える。
だがいま、その武器が、アドバンテージが失われた。
穂先を逆手に握った右手と、へし折れ短くなった柄を握った左を硬くして、俺は考えた。
親父を殺したアイツは、きっとユキヒョウよりも強い。
なら。
胸の鼓動が強くなり、振動を刻む力が、頭の奥にまで届く。
ステゴロでユキヒョウをぶっ飛ばせば、俺はアイツに勝てる!
腹に収めたヒクイドリの肉が、一瞬で奥へ流れた。
腹から熱が全身に広がり、背中がうずうずしてくる。
「ユキヒョウ。てめぇにアオイは食わせねぇよ。喰われるのは……テメェだ!」
ユキヒョウが跳躍。
ユキヒョウの前足よりも、俺の足の方が長い。
俺はつま先で弧を描くような前蹴りで、ユキヒョウの顎を蹴りあげる。
間髪いれず、宙を舞うユキヒョウに槍の穂先と柄を投擲。ユキヒョウはネコ科特有の空中駆動で身をひねってかわす。
でもそれで終わりだ。身を捻り終わったユキヒョウは、それ以上は捻れない。
「あああああああああ‼」
空いた右拳を、ユキヒョウの横っ腹に叩き込んだ。
低く唸ったユキヒョウをタックルで組み伏せ、仰向けのユキヒョウに張り付くようにして首へ抱きついた。
そのままユキヒョウの首を締め上げる。
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