第27話 VSヌー
「来いよ草食最強。そんで、人間最強予定の俺に喰われな」
ヌーが突進してくる。
俺はその場で槍を構えたまま佇む。
そして、ヌーの角に極限まで集中しながら、ヌーを限界まで引きつけた。
ヌーの鋭利な角が俺の胸板をえぐる刹那、俺は体を半身に回転させて回避。
空ぶったヌーはブレーキをかけて、また俺に襲いかかる。
でも俺は再びかわし、今度は通り抜けぎわにヌーの横っ腹を槍で突いた。
血を流しながら苦悶に鳴くヌー。確かな手ごたえと、回避が成功していることに俺は優越感を覚える。
この、ギリギリまで相手を引きつけてからかわす方法に、何か名前でもつけようか。
そう考えると、何故か『マタドール』という単語が浮かんだ。
マタドール? なんで? どういう意味? 長いから『見切り』でいいや。
気持ちを戦いに戻して、俺は笑顔で槍を構える。
ヌーは何度も俺に突進を繰り返し、時にはその場から動かず、直接頭を振ったり、蹄で蹴ろうとしてくる。
でも、俺はそのすべてを避けて、避けながら槍で刺していく。
ヌーの皮膚は厚くて硬い。
一撃では、穂先は内臓に届かない。
それでも、何度も筋肉を刺されたことで、ヌーは大量に出血している。
こころなしか、動きも鈍くなってきている。
次でトドメだ。
直観的にそう決めて、俺はヌーの突進をかわした。かわして、渾身の突きをヌーの首にブチ込んでやる。
走りながら汚い声を上げて、ヌーはもんどりうって転んだ。
地面に跡をのこしながら減速して止まり、ヌーは動かなくなる。
「草食最強より、俺のが強ぇ」
なんて、カッコをつけながらキメ顔を作ると、みんなの歓声がいつもより大きかった。
ウンピョウにヌーを仕留めた以上、もうこの平原で俺に敵う動物はいない。
リーダーだって、一日のうちにヌーとウンピョウ両方を、しかも無傷で一方的に仕留めるのは不可能なはずだ。
かつてない達成感に俺は浮かれたが、すぐにその気持ちはなくなってしまう。
仲間の男たちは両手をあげているが、アオイはなんだか、硬い笑顔で小さく手を叩いている。
前なら、俺が獲物を仕留めたら『アギトすごいね』と喜んでくれたのに。
気分が下がると、俺の耳は再びヌーの足音をとらえた。
二頭目のヌーか?
そう思って振り返ると、案の定、また草むらをかきわけて、一頭のヌーが顔を出した。
連戦か?
俺がそう思って槍を構えたのもつかの間、ヌーは勝手に転んだ。
いや、地面に力無く倒れ込んだ。
見れば、ヌーの腰はえぐれ、大量の血が流れている。
何か他の動物に襲われたか?
俺は、絶命を待つヌーに歩み寄り、その場にしゃがんで傷口を見る。
この平原最大の草食動物であるヌーを狩る肉食動物は、ウンピョウぐらいのものだ。
でもおかしい。
ウンピョウにしては、えぐられた傷がデカすぎる。
「!?」
不意に、氷柱のように冷たい予感が、俺の背骨を通り抜けた。
「アギト!」
アオイの声に顔を上げると、ソレはそこにいた。
背の高い草むらから姿を現したのは、白い獣だった。
ウンピョウと同じネコ科動物。
その体躯はウンピョウの倍以上。
筋骨もたくましく、全身から氷のような殺意を垂れ流しにしていた。
黒い紋様の入った美しい白い毛並みにあって、口元だけが赤く濡れている。
さながら、雪原に散った花弁のようだった。
ユキヒョウ
長老が言っていた、狩猟祭を中止にするほどの、超危険猛獣だ。
ヌーが草食最強なら、ユキヒョウは掛け値なしの肉食最強。
その戦闘力はウンピョウを遥かに超える。
その姿、威圧感は猛獣というよりも、白い魔獣と呼んでしかるべきだ。
鋭い眼光に射抜かれ、俺は喉を詰まらせた。
俺は固唾も吞めないまま、ユキヒョウから目を離さないよう注意して、ヌーからあとずさる。
獲物の横取りはしない。そのヌーはお前が食べろ。
そんなメッセージをユキヒョウに送ったつもりだ。
するとユキヒョウは、俺から視線をはずし、瀕死のヌーにトドメを刺す。ヌーの首に牙を突き立て、ユキヒョウは冷めた目で噛みついた。
俺はみんなの元へ戻り、指示を出す。
「おい、全員で荷車を引いて集落に戻れ。荷車に乗せた獲物は囮に使う。ユキヒョウが追いかけてきたら、荷車の獲物をてきとうに落として注意を逸らすんだ。これだけ死に済みの餌があるんだ。わざわざ生きている俺らを殺そうとはしないだろう」
アオイたちは頷いて、ユキヒョウを刺激しないよう、ゆっくりと荷車を引いた。
そして草むらに逃れると、一気に走り出す。
俺はユキヒョウを監視するように最後まで湖に残った。
でも、俺がユキヒョウから視線をはずす直前。
ヌーが完全に絶命した瞬間、ユキヒョウの意が、俺へ向いた気がした。
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