第20話 VSサーバルキャット
その日の帰り道は、実に気分が良かった。
俺がボブキャットとクズリを、残りの六人がエゾシカや他の獲物を運びながら集落を目指して歩く。その間中、六人は俺の強さを賞賛したり、自分も早くアギトのように強くなりたいと言って来る。
俺はみんなで強くなるために、みんなも槍の練習をすることを提案したり、弓が武器の奴はもっと練習量を増やすよう言っておいた。
俺の足取りは軽く、声も少し弾んでいた。
人間、あまり調子に乗っていると足をすくわれると言うが、今日ぐらいは許してほしい。
捕食者である肉食動物、そのなかでも特に強いネコ科動物にまで勝ったのだ。
きっと俺はもう、集落のなかでもたいていの年長者よりも強いだろう。
リーダーの正確な強さは知らないが、来年までには俺の方が強くなっているのでは? という都合のいい妄想まで浮かんできて、胸が躍った。
もっと強い動物と戦いたい。
そしてもっと強くなって、早く集落最強の男になりたい。
そうすれば、きっとあの最強の獣にも勝てるに違いないのだから。
そんな俺の願いが天に通じたのか、好機は早くも訪れた。
集落を目指して平原を歩いていると、背の高い茂みから一匹の獣が飛び出した。
それはボブキャットと同じネコ科動物だ。
ボブキャットよりも一回り大きくて、確かサーバルキャットとかいったか。
みんなは『またアギトの獲物が現れた』と上機嫌に騒ぎ出す。
みんなの期待に応えようと、俺はボブキャットとクズリを下ろすと、槍を構えた。
サーバルキャットのやる気のようで、鋭い牙を見せて俺と対峙する。
サーバルキャットまでの距離は約十歩。
さっきは、ボブキャットをカウンターの一撃で倒した。
今度は俺から責めてみよう。
俺は口角を上げ、重心を前にスライドさせ、サーバルキャットが目の前にいた。
「!?」
とっさに腕を上げ、鋭い爪が俺の腕の皮膚を裂いた。
サーバルキャットは俺を蹴って距離を採ると、喉を鳴らして威嚇。間髪をいれず飛びかかってきて、俺の槍術と得物を交える。
油断した。
まさか十歩の距離を一度の跳躍で詰めてくるとは思わなかった。
でも、もう油断はしない!
サーバルキャットは、俺の突き出した槍を跳躍して回避。
綺麗な弧を描いて俺の頭上を飛び越え、空中で体をひねり、サーバルキャットはオマケとばかりに俺の背中に爪を突き立てた。
「ッッ!」
背中に走る激痛は、さらなる激痛で上書きされる。
サーバルキャットの鋭い牙が、俺の左肩に喰い込んだ。
「がぁあああああああああああああああッッ!」
さっきの痛みを激痛を呼ぶのもおこがましい激痛に、俺は悲鳴をあげた。
これが噛まれる痛みか。
刺すような痛み、という比喩ではなく、まさしくて牙で刺される鋭い痛みを噛み殺して、俺はサーバルキャットの頭につかみかかった。
サーバルキャットはすぐに牙を抜くと、機敏な動きで俺の背中から跳んだ。
俺の右手は、むなしく空をつかむ。
噛まれた左肩を押さえながら、俺は自分を恥じた。
よく思い出せば、ボブキャットの戦いも、決して楽勝したわけではない。
俺は何を勘違いしていたのか。
所詮、俺はまだ十三歳の若造だ。
相手をなめて戦うような身分じゃない。
俺は深く息を吸い、呼吸を整える。
全身の意識をサーバルキャットに集中すると、左肩の痛みもきにならなくなった。
「来い!」
サーバルキャットが咆哮をあげ、低い姿勢で疾走。俺は集中を途切れさせることなく、槍で狙いを定め、渾身の突きを放った。
俺とサーバルキャットは互いに槍と、爪と牙を駆使して一進一退の攻防を繰り広げる。
サーバルキャットの俊敏さを前に、俺の槍は空ぶりを繰り返す。
しかし、サーバルキャットのほうもかわすのに精一杯で、俺に触ることもできずにいる。
俺の槍がサーバルキャットの肩をかすめる。
サーバルキャットの爪が俺の腹をかすめる。
俺の槍がサーバルキャットの背中をかすめる。
サーバルキャットの爪が空ぶる。
俺の柄が、サーバルキャットの前足を軽く打つ。
サーバルキャットの跳びつきは空ぶる。
俺がカウンターで放った突きが、サーバルキャットのわき腹を浅く裂いた。
体が熱い。
全身を流れる血が加速して、心臓の鼓動が全身に伝わる。
体力を消耗すればするほど、俺の意識は研ぎ澄まされ、槍は冴え渡った。
でもそれは相手も同じ。
ここにきて、サーバルキャットがこの戦い一番の俊敏さで俺に跳びかかる。
俺も全力の突きを放つ。
だがそこはネコ科動物。
サーバルキャットは、空中でしなやかに身をひねると俺の槍をかわし、俺の喉に噛みかかる。
槍は空ぶった、腕の防御は間に合わない。
やられる。
そんな死の予感を噛み殺すと、俺の膝が跳び上がる。
サーバルキャットの顔面にひざ蹴りが直撃。体重差もあって、サーバルキャットは後ろに跳んで鼻から血を噴いた。
自分の動きに驚きながら、俺は間髪いれず槍を投げつける。
狩り初日のときの、遠くからの投擲とは違う。
お互いを認識したうえでの、正々堂々とした攻撃だ。
槍はサーバルキャットの後ろ脚を薄く裂いたが致命傷にはならない。
サーバルキャットは最後の攻撃とばかりに、勢いよく俺に襲い掛かって来る。
丸腰の俺は、迫る鋭い爪と牙を前に、手を突き出した。
俺の左手が、サーバルキャットの喉をわしづかむ。
腕じたいは俺の方が長いのだ。
それに、こうやって左手で体を固定してやれば。
「俺に! 喰われろぉおおおおおおおおおおおお‼」
裂帛の気合とともに、俺は右拳をサーバルキャットの腹にブチ込んだ。
サーバルキャットは目を剥いて血を吐き、僅かに痙攣してから動かなくなった。
でも俺は、勝利の雄叫びはあげなかった。
静かに黙して、心のなかでサーバルキャットに感謝する。
最初に俺の思った通り、こいつは俺の好機だった。
そうだ。
俺の増長を抑え、成長させてくれるという好機だった。
再び仲間からの惜しみない賞賛を浴びながら、俺はサーバルキャットを担いだ。
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