第45話 この世に無敵の能力なんてあるものか!

 ――なんだ? この手ごたえは?


 秋雨の熱拳はネームドの皮膚と肉、そして頭蓋骨の硬さを感じたし、打撃の衝撃は拳の骨に響いている。


 なのに、皮膚を裂き、肉を潰し、骨が割れる感触がなかった。

 まるで、床に固定されたサンドバッグを思い切り殴ったような手ごたえだった。


「!?」


 爆炎と煙が晴れると、秋雨は目を疑って表情が凍り付いた。


 ネームドは、まったくの無傷だった。

 ヴォルカンフィストの余波で会社の廊下は天井と壁がひび割れ、床は何かを引きずった跡が刻まれている。


 ネームドは、吹き飛ばされた証拠に壁に背をつけてはいるものの、本人は全くの無傷だった。

 鎧を汚す黒い煤だけが、唯一の名残だった。


「なん、だ……こいつ?」


 秋雨が驚愕に息を呑むと、ネームドは両手に凄まじい熱量の魔力を集中し始めた。


「危ない!」


 刹那、ネームドは突き出した両手からまばゆい光線を放った。

 そのコンマ一秒前に草壁が割って入り、バリアを展開した。

 なのに、光線はまるで草壁をあざわらうようにバリアをすり抜けた。


「ガッッ!」

「先輩!」


 草壁の腹から、水分が蒸発して焼ける嫌な音を立ちあがり、彼女はうずくまって前のめりに倒れた。


「大丈夫ですか先輩! 立てますか!?」


 秋雨は彼女に肩を貸そうとするが、手で押し返されてしまう。

草壁は激痛を噛み殺すように歯を食いしばりながら床に膝を着き、顔を上げて自身のバリアを見上げた。


「壊れていない。ボクのバリアを通り抜けた? ッ、そうか、光属性か」

「あっ」


 それで秋雨も察した。

 草壁のバリアは半透明で向こう側が見える。

 つまり、光を通してしまうのだ。


「まさか、先輩の能力にこんな攻略法があるなんて……」


 鉄壁にも思えた彼女の弱点に、秋雨が唖然とする一方で、当人の草壁は苦笑を浮かべた。


「馬鹿を言うなよ。この世に【無敵の能力】なんてあるもんか。同じ理由で、音攻撃も防げないよ」


 言いながら、彼女は折れない反骨心を具現化するようにソードバリアを一本展開するも、それは射出されることなく床に落ちた。


「ッッ」


 草壁は苦悶に顔を歪める。

 やはり、戦闘は無理だろう。


 ――俺が先輩を守らないと!


 最大攻撃が通じなかったばかりだが、大切な人の危機に心が奮い立ち、無限の戦意が湧き上がる。


 それに、今、彼女が言ったばかりだ。


 ――先輩の言う通りだ。無敵の能力なんてあるわけがない。


「行くぜ。どれだけ防御力が高くても、俺の魔力が続く限りヴォルカンフィストを打ち込んでやるよ!」

「秋雨、無茶をするな、ッ」

「無茶でもなんでもしますよ。相手は俺の最大攻撃でも一切傷つかないバケモノなんですから!」

「一切? ……!?」

「喰ラウ」


 ネームドが駆けた。


 それを迎え撃つように、秋雨もヴォルスターで疾駆すると、ネームドに肉迫した。


 秋雨はイラプションアーツによる高速回避でネームドの拳と光線を避けながら、全身の至る場所にヴォルカンフィストを叩き込んでやる。


「はんっ、いくら攻撃が光速でも、撃つのはお前だ! タイミングさえわかれば避けることはできるんだよ!」


 秋雨は床にマグマを奔らせ、ネームドの足に絡ませて動きを鈍らせると、両手を前に突き出して、至近距離から最大級の爆炎を噴射した。


「ヴォルケーノ・バースト!」


 数千度の熱波と衝撃波が廊下を駆け抜けた。

 天井と壁と床を液状に融解させながら紅蓮の濁流は会社の壁を貫き外まで達した。

 両足を固定されたネームドは、その破壊と灼熱の本流に晒され続ける。


「よしっ、いくら体が硬くても、熱は確実に伝導する。これだけ長時間燃やせば灰になるだろ」

「駄目だ秋雨!」

「先輩?」


 背後からの悲鳴に振り返ると、壁に背を預け座り込む草壁が、懸命に声を張り上げていた。


「いくら防御力が高くても、まったく傷つかないわけがない。なら、答えは単純。そいつは元から傷つかないんだ!」

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