第42話 君を救いたい(ヒロイン)

 翌朝。


 草壁が用意してくれた部屋で目を覚ました秋雨は、使用人の人に案内されるがまま、食堂に顔を出した。


 けれど、そこに草壁の姿はなかった。


「あの、先輩は?」


 一人で席について、朝食を食べながら使用人に尋ねた。


「お嬢様は早くにお出かけになりました」

「俺に何か言ってませんでした?」

「後で電話をすると承っております」

「そう、ですか」


 ――まぁ、考えても仕方ないか。


 草壁の行き先、後で電話をする、その意味は測りかねるが、それこそ考えても仕方ない。

 秋雨は食事に集中した。




 しばらくすると、ちょうど秋雨が朝食を食べ終わるタイミングで、使用人がスマホを手に姿を見せた。


「浮雲様、お嬢様からお電話です」

「ありがとうございます。あ、守里ちゃん?」

『すまなかった』


 使用人から受け取ったスマホに出ると、開口一番、草壁は謝罪してきた。

 わけがわからず秋雨が首を傾げると、彼女はらしくない、沈んだ声で語り始めた。


『君の家の経営が傾いたのは、父の会社のせいなんだ』


 驚く秋雨に、草壁は懺悔をするように説明を続けた。


『父の会社は今年度から運送業界に進出したんだ。それこそ、豊富な資金力をバックに2000台の自動運転トラックと10000機のドローンを導入してね。君の実家周辺も、つい三か月前に支店を出したばかりだ』


 ――三か月前……。


 それはちょうど、仕事の依頼が減った時期と重なる。


『だから、君の父さんをわが社の運送部門の管理職として働けないか、本社にいる父に相談してみる。そうすれば、君は気兼ねなく進学できるだろう』

「そんな勝手な、俺そんなこと頼んでいませんよ!」


『わかっている。これはボクの独断だ。でも秋雨、それを言うなら、この話を受けるかどうか、それを決めるのは君の父親であるはずだ。もちろん、君の父親に断られたら諦める。それに勝手に君の父親の気持ちを代弁するようで悪いけどね、ボクならボクを気遣って夢を諦める人がいたら、一生負い目を感じるよ』

「……」


 秋雨が口をつぐむと、通話は切れた。

 通話画面を消すと、秋雨は自問した。


 ――どうして、もっと強く否定しなかったんだ?


 決まっている。

 心のどこかで、そうなることを望んでいた。

 父親が草壁グループで働けば、自分は草壁と二人一緒に、気兼ねなくヒーローを目指せる。


 ――馬鹿か俺は!


 でもそれは、結局は父の会社を潰すということだ。

 経済的に安定すればそれでいいわけじゃない。

 父が、今まで支えてきた会社を畳んでサラリーマンになれば自分の夢を追える、なんて、自分勝手にもほどがあると、秋雨は自己嫌悪した。


 ――それに、父さんを気遣って夢を諦めることを父さんは望まないかもしれない。だけど、父さんが俺を気遣って会社を畳むのは、俺だって嫌だ。


 そうして秋雨が懊悩としていると、スマホの画面に新着ニュースが飛び込んできた。


「アポリア!?」


 画像では、街中を埋め尽くす数百、数千にも見えるアポリアの軍勢が映っていた。


「あのすいません、この場所って本社から遠いですか!?」


 慌ててスマホ画面を突き出すと、使用人はサッと青ざめた。


「いえ、これは草壁グループ本社のすぐ近くです」


 秋雨は心臓がぎゅっと硬く絞られるような恐怖を感じた。

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