第41話 君への愛が止まらない(ヒロイン)
その日の夕食は草壁家の食堂で取った。
どうやら本当に今日からここに住むらしい、と実感した秋雨は家に連絡を入れている。
広い西洋風の内装に白いクロスの布かれたテーブルを挟み、運ばれてくるコース料理に圧倒されながら箸ならぬフォークとナイスを進める。
料理知識のつたない秋雨には材料も作り方も想像できないものの、おいしいことだけはなんとなくわかった。
けれど、料理の味以上に惹かれたのは、やはり草壁にだった。
――すげぇ綺麗に食べるな。先輩って本当にお嬢様、なんだな。
明るく爽やかで
でも実際は、上流階級のお嬢様然とした食べ方で感心してしまう。
同時に、自分と彼女では釣り合わないような気がして、気後れした。
「自分がボクと釣り合うか悩む謙虚さには好感が持てるよ」
彼女はニヤリと笑った。
「だから心を読まないでください!」
「君は本当に可愛いな。君への【愛】が止まらないぞ。頼むからその溢れんばかりの愛らしさを抑えたまえ」
「男子に可愛いって誉め言葉になりませんからねッ」
念を押すように、秋雨は恨めしく言い含めた。
「君は将来、ボクと一緒に防衛大学に入って将来はアポリア対策チームに入るんだ。気兼ねならしなくていいぞ」
その一言に、秋雨は申し訳ない気持ちになった。
色々な気持ちがないまぜになりながら、秋雨は沈黙を挟んでから意を決して顔を上げた。
「その話ですが、俺は防衛大学に行けません」
「……理由を聞いてもいいかな?」
草壁は、どんな理由があっても論破してみせると言わんばかりに、好奇心溢れる眼差しでやや前のめりになった。
「俺の実家、運送屋なんですけど、経営がピンチなんですよ」
「む、そうなのか?」
「はい。だから中学を卒業したら俺が家を手伝わないと。高校、まして防衛大学なんて行ってる余裕はないですよ」
秋雨も、人々を救うヒーローになりたい。
ジャックを倒した時の達成感と充実感は一生忘れない。
けれど、それは親の会社を見捨てる理由にはなり得なかった。
中学を卒業したらスクーターの免許を取って家業を手伝う。それが秋雨の決めていた進路だ。
「……防衛大学へ行けば、学費どころが逆に給料がもらえるぞ?」
「でも高校には通わないといけないでしょう」
「高校に通う費用なら私が出しても……すまん、これは失言だったな」
秋雨は愛想笑いを浮かべた。
過ぎた優しさは侮辱だ。
高校に行く金がないなら自分が援助してやる。
それをすれば、それこそ対等な関係にはなれないだろう。
草壁もそれを察してくれたのか、申し訳なさそうに口をつぐんだ。
グラスの中を干してから、草壁は口を開いた。
「余計なお世話かもしれないが、どうして経営がピンチなんだい?」
直接的な金銭支援ではなく、間接的な支援なら対等でいられると踏んだのかもしれない。
たとえば、草壁グループの下請けになる、などならそこまで卑屈になることもない。
一昔前なら、元請けと下請けの間に上下関係があったがこのご時世それは時代錯誤というものだ。
――でも、うちの設備じゃ下請けも無理だけどな。
「ほら、最近は自動運転車やドローンの低価格運送サービスが主流になってきているじゃないですか?」
「うん、そうだな」
「だから、うちみたいに新しい設備を用意できない零細企業はキツイんですよ。ここ三か月は特に。俺がスクーターの免許取っても、どれだけ延命できるか」
空飛ぶ宅配ドローンを見上げるたび、秋雨はため息が出る思いだった。
自動化、AI化が進んで得する人がいれば、自分のように損をする人もいる。
「まぁそこは配達員とのおしゃべりが好きな高齢者向け宅配サービスとかで巻き返せないかな、とか思っているんですけどね。ドローンだと家の前に荷物置いておしまいですし。そこは人間ならではですよ」
あまり心配させないよう、最後はちょっと明るい顔を作ってみせる。
けれど、何故か草壁が申し訳なさそうな表情でうつむいていた。
「先輩?」
「あ、いや、家庭の事情に口を挟んですまなかったね。食事を続けよう」
おかしな空気のまま食事は進み、その後、会話は何もなかった。
自分は何かおかしなことを言ってしまったかと、秋雨は気になって仕方なかった。
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