第38話 今日から一緒に住まないかい?

『浮雲ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

「のわぁああああああああああ!?」


 翌日。

 夏休み前の終業式の朝に秋雨が教室に顔を出すとクラスメイトたちが殺到してきた。


「これ新聞見たぞ!」

「お前すげぇえじゃん!」

「ネームドまで倒すとかありえねぇ!」

「やっぱ浮雲は俺らのヒーローだぜ!」

「浮雲くんて今、付き合っている子いるの?」


 昨日の倍以上の熱量に秋雨はたじたじだった。

 それでも、なんとか声を絞り出した。


「ネ、ネームドってなんだ?」

「なんだって、お前が昨日ブッコロした指揮官アポリアだよ!」

「国連の発表で、黒いマネキンみたいなのは雑兵のネームレス、特定の個人を模倣した指揮官級のアポリアはネームドって呼ぶことになったらしいぞ」

「浮雲ってニュースとか見ないの?」


 秋雨は気まずそうに頬をかいた。


「あ~、昨日は警察の事情聴取とかすげぇ長くて家に帰ったらすぐ寝た。今朝は寝坊で遅刻ギリギリだったし……」


 ふと、視線を逸らした秋雨は、内込庄司に目が止まった。


 クラス中の生徒が熱狂しながら自分に集まって来る中、彼だけは今日も一人、教室の端で自分の席に座っていた。


 ただ、様子がおかしい。

 昨日はこちらを一瞥してから、つまらなさそうにそっぽを向いていた。

 一方で、今日はまるでこちらを避けるように、必死に目を合わせないようにしている。

 まるで、何かに怯えるようにだ。


 ――内込のやつ、どうしたんだ?


 彼もつい二日前、アポリアに襲われたばかりだ。

 そのせいか少し気になった。


 ――でも、襲われたのは二日前で昨日は平気そうだったし、関係ないのか?


 やや考えるも、秋雨の心配はそこまでだった。



「秋雨はいるかい?」


 背後から響いた爽やかな大声に、つい振り返った。


 案の定、そこには秋雨と並んでジャックを討ち取った立役者、草壁守里が上機嫌に笑いながら仁王立ちしていた。


 世間をにぎわす二大ヒーローの登場に、みんなはさらに興奮した。


 秋雨も、ちょっと緊張した。


 昨日の事件を経て、彼女とは距離が一気に縮まった気がする。


 それは嬉しいのだけれど、女子と距離を縮めたことのない秋雨は、逆にどう接していいのかわからなかった。


「あ、先輩おはようございます。何の用ですか?」

「おいおい、ボクのことは守里ちゃんと呼ぶようにと言っているだろう?」


 草壁のイケメンスマイルに、みんなは、『おぉぉ』と感嘆の声を漏らした。

 まるで、公認カップルだ。

 秋雨がドギマギしながら、


「は、はい、守里、ちゃん」


 と答えると、草壁は満足げに頷いた。


「よろしい。では秋雨、今日から一緒に住まないかい?」

「へ?」

『えぇええええええええええええええ!?』


 教室全体が驚愕の悲鳴に満たされた。



   ◆



 放課後。

 秋雨が草壁に半ば無理やり連行されてきたのは、広い鉄柵門を構えたお屋敷だった。


「親、何しているんですか?」

「一応、いくつか会社を経営している。とはいえ企業相手の仕事だから一般への認知度は低いだろうね」


 秋雨が口を開けながらぼけっとしていると、道路から黒塗りの車が近づいてきた。

 鉄柵門が重々しい音を鳴らして開く途中、車の窓が開いて品の良い美女が顔を出した。


「あらお帰りなさい守里、そちらは噂のボーイフレンドかしら?」

「おかえりなさいませお姉様。はい、この子が浮雲秋雨です」


 ――お姉様? 先輩の姉ちゃんか? すげぇ美人だな。


「に、二年の浮雲秋雨です」


 自己紹介は慣れなくて、どこまで話せばいいのかわからず、それしか言えなかった。

 けれど、草壁姉は馬鹿にすることなく、包容力のある笑みを見せてくれた。


「緊張しなくてもいいのよ。妹と仲良くしてね。じゃあ、また後で」


 言って、窓が締まると、車は背の高い門を潜り抜け、庭園の中へと消えて行った。


「すげぇ……そういえば、せん、じゃなくて守里ちゃんは送迎じゃないんですか?」

「仰々しいのは好きでなくてね。それに、自分の足で歩くからこそ、君とも出会えたんじゃないか。登下校は出会いの場だぞ」


 いたずらっぽく笑いながら、草壁はつんと、秋雨の頬を突いた。

 秋雨が頬に幸せを感じていると、左手をそっとつかまれ心臓が跳ね上がった。


「ほら、行くぞ」

「は、はい」


 言われるがままされるがまま、秋雨は忠犬のように彼女についていった。

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